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欧州懐疑論 英政治史の底流に

今から30年前の1989年にベルリンの壁が崩壊し、欧州を分断していた「鉄のカーテン」が消えた。東欧は悲願の西欧入りを目指し、独仏は通貨統合へ突き進む。史上まれにみる統一への機運が欧州を覆い、ドイツはこれを好機に欧州統合を深めようとした。

しかし、訪英したゲンシャー西独外相をサッチャー英首相は突き放した。「議論に時間をかけるべきだ」「欧州合衆国なんて受け入れられない」

伝統的な英政治思想は欧州大陸に「強い政治勢力」が生まれるのを嫌う。自らのライバルとなるだけでなく、将来は仮想敵になるかもしれないからだ。

東西ドイツ統一をなし遂げ、国力を増すドイツが仕切る欧州統合への警戒は強かった。当時、英首相の別荘で開いた極秘会合の記録が英国立公文書館に残っている。「再び領土的野心を持つかもしれない」「どうしたらドイツを黙らせることができるのか」。文書には、英政府の疑心が深く刻まれている。

経済・財政政策で英独は共通項が多い。健全財政を志し、自由貿易を推進してきた。しかし政治面では、親欧派とされたブレア政権(97~07年)でも、欧州との溝は埋まりきらなかった。

英は米国との関係を尊重し、03年のイラク戦争で米軍主導の多国籍軍に加わった。一方、独仏は参加を見合わせた。国の根本をなす安全保障政策でのすれ違い。「この時点で(英とは)目指すゴールが異なると感じた」と、仏政府高官は振り返る。

陸続きの独仏はいやが応でも運命共同体になる決意を固めた。一方、冷戦崩壊という国際秩序の激変を機に、英国は孤立を深めていった。

欧州連合(EU)離脱を巡る混乱の責任は、16年に国民投票を強行したキャメロン首相にあるとの指摘が多い。しかし、根本的な要因は英国が欧州統合に対する疑心暗鬼を捨てられなかった点にある。

16世紀にカトリック教会と決別し、英国国教会を立ち上げてから約500年。英政治史をひもとけば、欧州への懐疑論が底流に見え隠れする。中途半端な欧州政策を続けた戦後政治は、その延長線上にある。

時代は移り、英国はかつての大国の地位から転落した。欧州大陸とのヒト・モノ・カネの交流はこれまでになく緊密化している。過去の栄光やノスタルジーにすがり、欧州大陸から切り離されるようなら将来は暗い。=肩書は当時

(欧州総局編集委員 赤川省吾)

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