せかい旬景 エンゼルスで奮闘するもう一人の"二刀流"

2019/1/19 5:50
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米ロサンゼルス中心部からハイウエーを1時間ほど進むと、大谷翔平選手の大活躍で湧いた米大リーグ・エンゼルスの本拠地、エンゼルスタジアムに到着した。シーズンオフのため広大な駐車場は閑散としていたが、球場入り口には人気選手の大きなポスターがずらりと並ぶ。

エンゼルスタジアムの目立つ場所にある大谷選手のポスター(米アナハイム)

エンゼルスタジアムの目立つ場所にある大谷選手のポスター(米アナハイム)

「よろしくお願いします」。はっきりとした日本語で出迎えてくれたのは球団広報のグレース・マクナミーさん(46)。英語と日本語が堪能で、大谷選手の活躍を陰で支える一人だ。シーズン中は監督インタビューの通訳、取材の仕切りや打ち合わせに奔走。日本のメディアにとっても心強い存在だ。

マクナミーさんは商社に勤務していた父親の転勤先でもある地元ロサンゼルスで生まれ育つ。大学時代に野球部のキャプテンをしていたという父の影響もあり、いつしか野球好きに。小さい頃、よく観戦に訪れていたのはエンゼルスのライバルチームの本拠地、ドジャースタジアムだ。

「球団の配慮もあり、娘の卒業式などの大きなイベントには出席しています」と広報のマクナミーさん

「球団の配慮もあり、娘の卒業式などの大きなイベントには出席しています」と広報のマクナミーさん

小学校3年生から約5年間は日本で過ごしたが、その後はロサンゼルスに戻りカリフォルニア大学に進学。そこで大きなニュースに出合うことになる。1995年、日本のプロ野球から野茂英雄選手のドジャース入りが決まったのだ。在学中にも関わらず、知人の紹介で研修生として採用。慣れ親しんだボールパークにトルネード投法の旋風が吹くと、スポットライト近くでの仕事に夢中になった。

しかし野茂選手の移籍後は映画会社に転職し、野球の世界を離れる。プライベートでは結婚、そして2児の子育てに時が流れた。そんなマクナミーさんに再び転機が訪れた。二刀流・大谷選手のエンゼルス入団だ。2人の娘もティーンエージャーに成長し、仕事を始める前に開いた家族会議では背中を押してくれ決心がついた。「こんなチャンスは二度とないのに、ママには二度も来た。ママがいないときは私たちがパパを手伝うから頑張って」

1966年にオープンした球場は大リーグで4番目に古い

1966年にオープンした球場は大リーグで4番目に古い

ホームで行われるナイターの試合では昼ごろに球場に入り、試合後は大谷選手らの取材対応まで。帰宅するのは深夜に及ぶことも。開幕戦やヤンキースなど日本人選手が在籍するチームとの対戦では、アウェーの試合にも帯同する。春のキャンプでは1カ月半ほど家族と離ればなれに。家庭と仕事の"二刀流"には苦労もある。

球場ツアーでも大谷選手が座るベンチに入ることができる

球場ツアーでも大谷選手が座るベンチに入ることができる

大谷選手らが取材を受ける記者会見室。3月から9月に行っている球場ツアーは所要75分で大人8ドル、子供6ドル。

大谷選手らが取材を受ける記者会見室。3月から9月に行っている球場ツアーは所要75分で大人8ドル、子供6ドル。

それでも「選手やファンの熱気を直接感じることができてやりがいを感じている」とマクナミーさん。約20年ぶりの"再登板"にも気負いはなく、大谷選手は「好青年ですごい努力家」と日本の若きスーパースターの挑戦にも刺激も受けているようだ。

球場内の記者会見室、屋内練習場、放送席、グラウンドやベンチ。2時間ほどかけて「仕事場」を案内してもらった。撮影は許されなかったが、大谷選手が使用する広いロッカールームも見せてくれた。会見室以外はどこも試合開催日には入ることができない場所だ。

球場に併設するチーム・ストアには大谷選手のグッズが並ぶ。昨シーズンの開幕当初は3、4種類だったのが、最終的に約50種類まで増えた。Tシャツやユニホームが売れ筋で、米国人には漢字が書かれたグッズが人気のようだ。リーグ新人賞の活躍で今やチームの顔になりつつある。

大谷選手のTシャツや帽子、鉢巻きなどが並ぶチームストア

大谷選手のTシャツや帽子、鉢巻きなどが並ぶチームストア


来季は右肘の靱帯再建手術からの復帰を目指す大谷選手。投手としての復帰は2020年シーズンになる見込みだが、100年ぶりに現れた二刀流への挑戦は多くのファンが応援するだろう。そして、その傍らで支えるマクナミーさんへもエールを送りたい。

(写真部 今井拓也)

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