2019年7月20日(土)

ベネズエラ政権、自壊の危機(The Economist)

2019/1/16 2:00
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The Economist

ベネズエラの憲法では大統領が就任する際は、立法府である国民議会で宣誓することになっている。だが1月10日、マドゥロ大統領の2度目の就任式は最高裁判所で行われた。野党が過半数を占める議会は、同氏が勝利した昨年5月の選挙は茶番であり、正当性はないとの認識だからだ。裁判所は独立機関のはずだが、依然、同政権には従順だ。就任式の会場変更は、独裁色を強め、権力を維持しているマドゥロ氏らしいやり方だ。

マドゥロ大統領が今や最も恐れるべきは自分の仲間による裏切りだとの指摘も=ロイター

マドゥロ大統領が今や最も恐れるべきは自分の仲間による裏切りだとの指摘も=ロイター

彼の1期目は悲惨で、世界で恐らく最も失敗している大統領だ。だが大惨事の種をまいたのは2013年に死去したチャベス前大統領だ。話術の巧みなポピュリストだったチャベス氏は、貧困層を助ける最善の方法は、政府支出を増やし、市場を機能させないことだとして、民間企業を接収、価格を統制し、政府の借金を拡大させた。さらに自分を政治的に支持していないとの理由から、国営石油会社PDVSAの有能な管理職らを解雇した。同社はベネズエラにとって国際決済通貨を得る主な供給源だった。

■設備まで略奪されている国営石油会社

ただ、チャベス氏の14年に及んだ在任期間の大半は、幸運にも石油価格が高止まりしたおかげで品不足に陥ることはなく、財政赤字も抑制できた。同氏が死去した頃、国内経済は急速に悪化していたが、まだ顕在化していなかった。マドゥロ氏は、貧困層やだまされやすい外国の左派に依然慕われていたチャベス氏の「息子」として自分を演出し、13年に中道左派のミランダ州知事を相手に、疑惑に満ちた大統領選挙を戦い勝った。

翌14年、石油価格は下落に転じたが、マドゥロ氏はチャベス主義にこだわり続けた。国外の債権者への返済を維持すべく輸入を削ったため食糧不足や飢餓を招いた。また、巨額の財政赤字を埋めるべく紙幣を増刷した。この2つの措置でインフレ率は急上昇、昨年には100万%を超えたと推定される。

そうした中、必需品の輸入価格を抑えるという表向きの理由から通貨ボリバルの公式為替レートを人為的に高水準に保った。だがドルを安く入手できたのは正直な輸入業者ではなく、マドゥロ政権支援者であり、その一部は億万長者となった。ボリバルの闇レート、つまり実際のレートは暴落し、国内総生産(GDP)はマドゥロ氏就任以降、半分近くに落ち込んでいる。

こうした危機に同氏は、ボリバルの中途半端な切り下げや、新たな価格統制で対処しようとした。外貨準備高が急減し、17年には国債とPDVSAの社債の一部を償還できなくなった。完全なデフォルト(債務不履行)を回避できているのは、政府が主に中国やロシアの国営企業に対し、油田やガス田、金鉱を担保として差し出しているからだ。

昨年8月、マドゥロ氏は通貨の単位を5ケタ切り下げるデノミを実施し、新通貨「ボリバルソベラノ」を導入した。だが財政赤字を抑え、品不足を軽減する措置は取っていないため、新通貨の価値は対ドルで95%も下落している。

石油価格が反発しても同国への恩恵はなさそうだ。政府がPDVSAから略奪し続けてきたからだ。チャベス政権は人気の高い社会福祉政策に資金を投じ、国民にガソリンをほぼ無料で提供し、キューバなど友好国には石油を特恵価格で輸出した。そのため投資や石油探査は停滞し、PDVSAの衰退は、現政権下でさらに加速した。マドゥロ氏は、石油産業の経験がない国家警備隊の少将を同社の総裁に指名した。一方、収入が激減した従業員などが社内の機械を盗み出している。一部の社債がデフォルトしている今、ベネズエラの産油量は1950年代を下回り、国民1人当たりの生産量は今や20年代の水準だ。

その結果、国民は困窮している。汚職や投資不足、給料だけでは生きていけない労働者の欠勤が原因で、今や電気や水道の供給も不安定だ。暴力事件は急増し、医療制度は崩壊している。人口の10分の1に相当する300万人が、コロンビアなど近隣国へ移住した。2014年以降、少なくとも250万人が国外に移住したとされる。

米シンクタンクのブルッキングス研究所によると、今後の石油収入と外国からの送金額次第では、さらに500万人以上が国外に去る可能性がある。マドゥロ氏がいつまで権力の座を維持できるかは、敵からの圧力と自ら招いた緊張で、政権がいつまで空中分解せずにいられるかによる。

主要な中南米諸国とカナダ13カ国がつくるリマ・グループは4日、マドゥロ氏の2期目就任(任期は6年)を認めないとの声明を発表、議会に権力を移すよう促した。ただメキシコの左派のロペスオブラドール新大統領が声明への署名を拒否したため、その効力は弱まった。

■マドゥロ氏が仲間に提供できる資金も枯渇

だが今や米国と欧州連合(EU)に加えペルーも、マドゥロ政権幹部の入国や金融取引を禁じている。他のリマ・グループ参加国も後に続くかもしれない。米国が国内金融機関にベネズエラ国債とPDVSAの社債の新規取引を禁じる制裁を科しているのも痛手だ。おかげでベネズエラは、債務の引受先から合意を取りつけるのに苦労している。

リマ・グループが国民議会を支持したことは、分裂した無力な野党勢力を元気づけている。野党連合は、5日に議会の主要な役職の割り振りで合意するだけの統制はとれている。これは、最後の公正な選挙とされる15年の議会選挙後に交わされた取り決めに基づく。議長には、最も対決姿勢の強い野党政党「大衆意志党」の設立者フアン・グアイド氏が就任した(同党を率いるレオポルド・ロペス氏は自宅軟禁中)。

グアイド氏は就任演説で、マドゥロ政権に正統性はないと糾弾し、「憲法下での秩序を取り戻す」ために軍部に支援を呼びかけた。カラカスで世論調査と政治分析を手がけるルイス・ビセンテ・レオン氏は、グアイド氏が「ベネズエラの困難な変革をリードする存在になる」と予想する。

だがマドゥロ氏にとって最大の脅威は「内部のチャベス主義者」だとレオン氏はみる。これまで彼らの石油収入の横領や密輸、麻薬取引の収入に政府が目をつむってきたことが、政権の持続を可能にしてきた。今はキューバのスパイ組織がマドゥロ氏に同氏の転覆を狙う具体的な策略に関する情報を提供しているが、同氏が仲間に提供できる資金が枯渇しているため転覆計画が急増している可能性がある。昨年8月には、国家警備隊の式典で演説中のマドゥロ氏を何者かが爆発物を搭載したドローンで暗殺しようとした。国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチは、政府は陰謀を企てた罪に問われた兵士を何十人も拷問しているという。

■自らの身案じ始めたマドゥロ氏の仲間たち

チャベス主義に背を向け始めた政権関係者が出始めていることが、大きな危険を招くかもしれない。制裁対象になっている政権幹部らは、マドゥロ氏が失脚した際の自らの身を案じている。そのため彼らが第三者の仲介で野党と取引し、その結果、何らかの暫定政府が生まれる可能性もある。レオン氏は、交渉する意思のある人々と、それを拒否する人々の対立で政権が自壊する可能性もあるという。

政権からは司法機関などの知名度の高い高官が既に数名亡命している。6日にも米国に亡命した最高裁判事クリスティアン・セルパ氏が、マイアミのテレビ局の番組に登場し、マドゥロ氏を非難した。かつて忠誠を誓っていた同氏の統治を「独裁以外の何物でもない」と。これは政権にとっては恥ずかしい事態だが、深刻な脅威ではない。マドゥロ氏が最も恐れるべきは、最高裁の手下たちより自分の仲間の動きだ。

(c) 2019 The Economist Newspaper Limited. Jan. 12, 2019. All rights reserved.

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