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虐待の傷も受け止めて 児童養護施設で育つ子供たち

ドキュメント日本

 親と暮らせない子供のための児童養護施設。生活を再建しながら、社会へ出て自立するまでの長い道のりを支える。虐待、貧困、親との死別……。支援を必要とする子供は減らず、里親制度へのシフトが進んでも施設の役割はなくならない。ある養護施設の日常を取材した。(松浦奈美)
職員(中)と一緒に昼食をとる子供たち(東京都小平市の二葉むさしが丘学園)

1月上旬の平日正午すぎ、東京都小平市の住宅街を始業式を終えた子供たちが帰ってきた。カタカタというランドセルの音と「ただいまー」の声が「二葉むさしが丘学園」の寮に響く。この日の昼食は鶏肉の中華風丼と春雨のサラダが食卓に並んだ。

夕食までは自由時間だ。上級生はリビングの机で宿題をこなし、小さい子供たちはおもちゃで遊ぶ。1つの部屋で寝食を共にするのは幼児から高校生まで最大8人。施設全体では2~18歳の約60人が暮らす。入所期間は平均5年、10年を超える子もいる。

台所や風呂の間取りは一般家庭に近く、個室をのぞくと、二段ベッドやおもちゃが並ぶ。入浴後のチャンネル争いはきょうだいが少し多い家族の雰囲気。幼児は職員が添い寝して寝かしつける。施設長の菅原淳史さん(53)は「なるべく家庭に近い生活ができるよう工夫している」。

寮のリビングで宿題をする児童

子供たちは毎月お小遣いをもらい、お金のやりくりを学ぶ。小遣いは月額で幼児1100円~高校生5500円。1月には1人数千円のお年玉も。駄菓子や文房具など、基本的には好きなものを買うことができるが、財源は都や国が支給する生活費。お小遣いとはいえ、1円単位まで使い道を精算する。

高校生になると、ほとんどの子供が携帯電話を持ちたがる。月々の代金を支払える貯蓄はあるか、アルバイトをする必要があるのかなど、ここでも施設職員と話し合いながらお金の使い方を学ぶ。施設にいながら携帯電話を持つことで、正しい使い方を知る機会にもなるという。

施設内の壁にはあちらこちらに細かな約束事が列記された貼り紙が掲示されている。食事は1日3回、汁物やおかずがあること、掃除をすること。寒い日は服を重ね着し、暑ければ脱いで調整すること……。

子供たちはそれぞれに親と暮らせない複雑な事情を持つ。家庭で満足な食事を与えられなかったり、生活習慣を身につける機会がなかったりした子も少なくない。

「当たり前の暮らし方を目に見える形で示す必要がある。施設にいる時間は人生の一部。凝縮して全て伝えたい」と菅原さん。

心の傷が思わぬときに噴出する場面がある。「消えろ」「ウザい」などと暴言を浴びせてにらんだり、風呂やトイレなど閉鎖的な空間に1人で入るのをおびえたりする子供、ふとした瞬間に虐待経験を職員に打ち明ける子供もいる。

約束事の貼り紙

施設として目指す一つの方向性は親子が再び暮らせるよう導くことだ。児童相談所とともに保護者と話し合いを続け、子供が家庭に戻るタイミングを見極める。

家財をそろえた「親子訓練室」で、親と子が滞在しながらスーパーで買い物をしたり食事を作ったりするプログラムを行う。「子供が毎日いる生活はどうでしたか?」。親とコミュニケーションを取り、不安を解消しながら子供との関わりを取り戻す足がかりを探っていく。

職員は日勤や宿直の交代勤務。24時間で子供のケアにあたり、つらい過去の整理に立ち会うこともある。ある高校1年の女子は数年ぶりに自宅を訪れた。親から身体的な虐待を受けていた現場だ。児童指導員の西田鶴奈さん(24)が付き添った。

「外に出されてこの場所に立っていたとき、近所の人が助けてくれた」「優しい幼なじみの子とよく遊んだ公園」

女子生徒は自宅の周りを歩きながら交わした会話で、黒いイメージの過去のなかに明るい光があったことに気がついた。

二葉むさしが丘学園は七五三、クリスマス会、夏祭りやキャンプを毎年行い、英会話やダンス、運動など「習い事」にも力を入れる。経験と可能性を広げたいという思いを込めている。

とりわけ大切にする行事は毎年春、高校に進学した子供が皆の前で将来への思いを語る「決意表明式」だ。

施設の庭で歓声を上げて遊ぶ小学生たち

なぜ高校へ行くのか、何を学んでどんな大人になるのか――。16歳になる春、子供たちは1人ずつ決意を語る。職員はこの場で「高校の3年間は施設からきちんと学校へ通いなさい」と励ますのが恒例の風景になっている。進学後、高校を中退して働き始めると、十分な自立の準備ができないまま退所してしまう子供が多いからだ。

万引きや深夜徘徊(はいかい)など「問題行動のフルコース」と職員が手を焼いた少年がいた。不安を抱いて送り出した数年後、菅原さんに連絡があった。仕事が軌道に乗り、結婚も決めたので婚約者に会わせたいという。家を買うので保証人を探すにはどうすれば良いかと相談もされた。

菅原さんは言う。「子供をかわいそうだと思ったことは一度もない。傷ついた状態をそのまま受け止めて見守る。そうすればどんな子も成長する。奇跡のように変わる姿を何度も見てきた」

政府は里親による養育拡大を掲げる。だが、里親の下で暮らす子は今のところ少数派。厳しい状況にある子供たちを守り育てるため、他方では児童養護施設の充実も欠かせない。

◇  ◇

 社会的養護、対象は4万5千人

親を失ったり、虐待を受けたりして「社会的養護」の対象になっている子供は17年3月末時点で約4万5千人。このうち約3万人が児童養護施設と乳児院で生活する。里親やファミリーホームへの委託率は2割弱にとどまる。

厚生労働省の「児童養護施設入所児童等調査結果」(13年)によると、児童養護施設に入所する子供の約6割が虐待を受けた経験がある。入所時の平均年齢は6歳で、平均在籍期間は約5年間だった。

国は16年施行の改正児童福祉法で里親や特別養子縁組などによる「家庭養育優先」の理念を示した。NPO法人「児童虐待防止全国ネットワーク」(東京)理事の黒田邦夫さんは「大多数の子供は親元に帰りたいし親は子供を引き取りたい。社会的養護の目的は家庭復帰であることを忘れてはいけない」と話す。

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