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けがしても休めぬ 稀勢の里追い詰めた使命感

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2019/1/16 11:30
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故障箇所が左腕というのも致命的だった。稀勢の里の代名詞は強烈な左のおっつけ。かつては横綱白鵬を一撃で横に向かせるほどの威力を誇ったが、けがの後は強烈なおっつけは影を潜めた。左からの攻撃の幅は狭められ、事実上、左は差すだけとなった。右からの攻めは親方衆から再三指摘されているように、課題が山積している。対戦相手からすれば、左おっつけは頭に入れる必要がなく、右脇をがっちり固めて左差しを封じさえすればよかった。初場所初日に稀勢の里に勝った御嶽海が「そこ(左差し封じ)だけを意識してやった」と語ったように、対戦相手は次々と右からおっつけ、横綱が頼みとした左を徹底的に殺した。相撲を研究し尽くされているのは否めなかった。

初場所でファンは稀勢の里に声援を送ったが…=共同

初場所でファンは稀勢の里に声援を送ったが…=共同

けがを機に"モデルチェンジ"を図ってもよかった。過去には、横綱千代の富士が肩の脱臼を機に強引な投げ技などを改め、素早く左前みつを引く形で優勝を重ねた。稀勢の里は横綱に昇進する前は左四つ右上手という一つの形で白星を並べたが、もともとは突き押し相撲だった。入門時から兄弟子として稀勢の里に胸を出し、独立して部屋を興した後もずっと目をかけてきた西岩親方(元関脇若の里)が言う。

「稀勢の里がなぜ、17歳で十両に上がって、その後大関、横綱に上がったかといえば、押しという武器があったから。それを身につけさせたのが先代の師匠(故・鳴戸親方=元横綱隆の里)。入門したころから、まわしを取った左四つの稽古はさせず、徹底的に押しを身につけさせたことでどんどん伸びていった」

「夏巡業でも、『稀勢の里は押しがあったから横綱になれた。俺はまわしを取ったら力は出るけれど、押しがなかったから関脇で終わった。その違いなんだよ』という話をした。稀勢の里とは何千番、何万番やったかわからないが、それだけ稽古してみて、稀勢の里の一番の長所は何かといったら決して左四つではない」

この初場所の番付発表記者会見で、相撲を何か変えるかと問われた稀勢の里は「もう一度いいときを思い出してやっている」と強調した。突き押し相撲から、左四つ右上手の四つ相撲を磨いて、横綱にまで上り詰めたという自負もあったに違いない。自分の相撲を信じ、土俵に上がったが、復活はかなわなかった。けがを境に、稽古でのし上がってきた横綱の稽古量もぐっと落ちたように思う。一つのけがで全ての歯車が狂ってしまった。「たら・れば」の話が禁物であることは承知のうえで、それでも、あのけががなければ、けがの後の対処が違っていたら、と思わずにはいられない。それほど魅力のある横綱だった。

(金子英介)

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