2019年3月22日(金)

パウエル氏、緩和の早期縮小を主張 13年FOMC議事録

北米
2019/1/12 10:47
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【ニューヨーク=大塚節雄】米連邦準備理事会(FRB)は11日、2013年中に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)の詳細な議事録を公表した。当時FRBの理事だったパウエル議長が、バブル的な現象が広がるのを警戒して「量的緩和第3弾」の早期縮小を繰り返し主張していたことが明らかになった。

FRBは12年9月に大量の米国債などを買い入れる量的緩和の第3弾を導入。13年当時は景気が持ち直すなか、縮小の是非や時期が焦点になっていた。パウエル氏は1月の会合で「労働市場で顕著な改善がみられるかどうかにかかわらず、年末までの終了も視野に購入額を減らすべきだ」と主張した。

3月には「雇用がこれまでの延長線上で推移するなら、6月会合で購入減額を始めたい」と唱え、5月には「手に負えないような問題ではない。市場に大きなショック反応を呼ぶようなやり方ではやらない」とも述べ、早期の縮小開始を促した。

だが、バーナンキ議長(当時)が5月会合のあとに緩和縮小を「予告」すると、市場が大混乱する「バーナンキ・ショック」が発生。実際の縮小開始は12月までずれ込んだ。バーナンキ氏はのちに回想録でパウエル氏ら理事3人が早期の縮小を主張し、「常時投票権を持つ3人の支持を失うわけにはいかなかった」と振り返っている。

パウエル氏は市場の混乱を受け、6月の会合ではFRBと市場との意思疎通のズレを「危険な状態だ」と言及し、「市場とともに長く過ごすほど、市場を予見する私の能力を信じられなくなっていく」と漏らす場面もあった。

FRBは17年秋に量的緩和で膨らんだ保有資産の圧縮を開始した。パウエル氏は昨年12月に資産圧縮を「自動操縦」で続けると発言し、市場の混乱に直面。「必要なら計画変更もためらわない」と軌道修正を迫られた。金融政策の正常化が正念場を迎えるなか、金融政策は13年当時をしのぐ難しい局面にさしかかっている。

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