2019年9月22日(日)

「番組小」京町衆の意気 京都市学校歴史博物館(もっと関西)
時の回廊

関西タイムライン
2019/1/9 11:30
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明治政府が学制を公布する3年前、京都市に全国初の学区制小学校が誕生して今年で150年になる。同市学校歴史博物館(下京区)は元小学校を改修し、明治期を中心に京都の教育のありようを伝える施設。その展示からは、学校と地域が互いに支え合って発展した様子がみえてくる。

「番組小学校」が消防や時報の拠点になっていたことを示す太鼓や半鐘(京都市下京区)

「番組小学校」が消防や時報の拠点になっていたことを示す太鼓や半鐘(京都市下京区)

京都市内に1869年、学区制小学校が開設され「番組小学校」と呼ばれた。その事情を知ろうと、同館の番組小創設期の展示コーナーに足を運んだ。すると、火消しのまとい・半鐘・太鼓など、およそ小学校に似つかわしくないものが並ぶ。だが、そこにこそ「番組小学校」たるゆえんがあるという。

同館学芸員の和崎光太郎さんによると、そもそも「番組」とは室町時代に発する「町組(ちょうぐみ)」を明治に再編した自治組織。各番組に原則、1校ずつ計64の小学校がつくられ番組小の名が付いた。

■地域の防火担う

「番組小学校」の初期の玄関を伝える(京都市下京区)

「番組小学校」の初期の玄関を伝える(京都市下京区)

和崎さんは「まず自治組織があって番組小ができ、地域が主体となって運営されたことが重要」と話す。だから、町衆の要望を入れて学校は町組会所を兼ねる形で構想され、学校によっては防火楼(火の見やぐら)を設置し、そこに太鼓を打って時を知らせるための太鼓場が設けられた。まといや半鐘・太鼓が伝わっているのはそのためだ。

校舎の建設費は当時の京都府が一部を下付したが、基本的には番組ごとに町衆が寄付して賄った。64校のうち数校は地域で全額出している。このため、地域の経済力を映して校舎に格差が生じたという。

学校の運営費は各戸が払う方式がとられ、「竈金(かまどきん)」と呼ばれた。創設期の竈金は半年に1分(現在の約2500円相当)。江戸時代の納税は家持ちと借家人で別扱いだったので、全戸一律は画期的だった。ただ、全戸が払えたわけでないうえに、竈金だけでは足りないので、結局は篤志家の寄付頼りだったらしい。それでも全戸から集めた理由を、和崎さんは「自分たちの学校の意識を高めるため」とみている。

■日本画も授業に

日本画の授業のため、京都在住の画家が教科書を著した(京都市下京区)

日本画の授業のため、京都在住の画家が教科書を著した(京都市下京区)

教育内容は当初、句読・暗誦(あんしょう)・習字・算術で、江戸時代の寺子屋の延長線だったとみられている。その後、カリキュラムは徐々に整えられ、図画の授業では1890年ごろから日本画の手法習得に力を入れ始めた。創設期は西洋画を教えたため、日本画の将来に危機感を覚えた画家が日本画の授業導入を訴えた。町衆も染め物・織物・焼き物など伝統産業の基本技能として日本画の授業を望んだ。日本画の教科書は京都在住の画家が著した。

番組小が起源の小学校などに竹内栖鳳、上村松園、小野竹喬ら著名な画家の作品が伝わっているのも京都の特徴。同館学芸員の森光彦さんはそうした美術品を「学校文化財」と呼び、その数を約2500点と推定する。「京都は学校を美術品で飾る文化があり、作法室などに掛け軸や屏風が置かれた。それらは町衆が寄贈し、番組内に住む画家は寄贈作品を依頼されると誇りに感じた」と話す。

その後、番組は学区に名前を変え、校名も漢籍から選んだり地域名から採ったりするものに変わった。創設期の64校のうち統廃合を経ずに存続しているのは数校。だが、いずれも番組に根ざした自治組織は強固。そうした自治組織によって夏祭りや運動会が行われている地区が多いという。

文 編集委員 小橋弘之

写真 大岡敦

《交通・ガイド》京都市学校歴史博物館へは阪急電車河原町駅から徒歩約10分。元開智小学校の校舎を改修整備。正門は1901年に建築された高麗門形式。展示室の玄関は元成徳小学校の玄関車寄せを移築している。3月10日、番組小学校創設150周年記念シンポジウム「学校資料の活用を考える」を開催。入館料は大人200円、子ども100円。休館日は水曜。
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