2019年3月21日(木)

西日本豪雨半年、各地で追悼 不明者の一斉捜索も

西日本豪雨
中国・四国
2019/1/6 18:11
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関連死を含め230人以上が死亡した昨年7月の西日本豪雨で最初の大雨特別警報が出てから半年となった6日、被災地では住民らが犠牲となった人々を悼んだ。家族を亡くし「何も変わらない」とつぶやく男性。浸水した自宅の修繕を進める男性は、生活の立て直しに向けて前を向いた。5人が行方不明のままとなっている広島県では不明者の一斉捜索も行われた。

西日本豪雨から半年となり、広島県三原市を流れる川で行方不明者の捜索をする警察官。奥左は崩落した橋(6日)=共同

西日本豪雨から半年となり、広島県三原市を流れる川で行方不明者の捜索をする警察官。奥左は崩落した橋(6日)=共同

12人が亡くなった広島県熊野町の住宅団地「大原ハイツ」では住民が献花台を設置。真冬の寒さの中、訪れた人たちが次々に花束を手向け、手を合わせた。自宅を流され息子2人を失った上林真哉さん(55)は「今も2人が生きている感覚がある」と話した。

広島市の松井一実市長は市内各地の被災地を視察。市内で最も被害が大きかった安芸区矢野東地区の梅河団地では集まった住人らと共に黙とうをささげた。松井市長は「多くの方が安心できるまで、復旧を急がなければいけない」と語った。

矢野東地区で孫の植木将太朗さん(18)を亡くした神原常雄さん(74)は「今年は正月らしいことは一つもしていない」と無念さをにじませた。

広島県坂町小屋浦地区では豪雨発生時に氾濫した川沿いに約300個の紙灯籠が並べられた。午後5時すぎに灯がともされた灯籠には「早く前のように過ごしやすい町になりますように」など住民の早期復興を願う言葉が書かれていた。

岡山県では広範囲で浸水被害が出た倉敷市真備町地区で地元の有志が被災者らに雑煮を振る舞った。自宅が全壊判定を受けた岡田満理子さん(77)は「顔見知りの人たちと食べられてうれしい」と笑顔を見せた。

今は別地区のみなし仮設住宅に住む平松頼雄さん(66)は「新年にたくさん人が集まってうれしい」。自宅のリフォームが進む一方、亡くなった母親が一人で住んでいた実家は近く解体される。「思い出の詰まった場所だが仕方ない。今の場所でやっていかなくちゃ」と力強く話した。

広島県では県警などが毎月6日に実施している一斉捜索が行われた。三原市では車ごと流されたとみられる保手浜雅洋さん(43)の手掛かりを求め、三原署や東広島署の署員ら約50人が警杖(けいじょう)と呼ばれる棒やスコップを手に川に入った。

愛媛県大洲市では仮設住宅での生活が続く小学1年の矢野翔琉君(7)がたこを手に走り回っていた。9月に仮設に移り、しばらくは不安定な時期もあったが、母親は「今は普段通りに戻った」と安心した様子だった。〔共同〕

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