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八ツ場ダム観光、年16万人 国と地元の対立超えて

ドキュメント日本

 群馬県長野原町の八ツ場(やんば)ダムに多くの観光客が集まっている。その数、年間約16万人。「首都圏で唯一、建設中のダムが見られる」が売りだ。建設をめぐってかつて対立した国と地元が協力し、観光地化に取り組む。複雑な曲折を経た巨大インフラは2019年度に完成する。(定方美緒)

「大臣が急にやってきて中止と言った」「ダムができて栄えた地域はないというのが正直なところです」。「道の駅」八ツ場ふるさと館の社長、篠原茂さん(68)がユーモアを交えてダムと町の歴史、実情を説明する。

18年12月上旬に開催された1時間のナイトツアー。参加者はライトに浮かぶクレーンやコンクリートの擁壁のスケールに息をのみ、歓声を上げた。平日にもかかわらず、40人の定員を大幅に上回る約100人が参加。駐車場の制限から25人は断らざるを得なかった。

埼玉県熊谷市の会社員、伊藤直也さん(48)はダム好きのリピーター。「だんだん出来上がっていく今しかない面白さがある」。町出身の野口徹さん(38)は家族5人で訪れた。「故郷を目に焼き付けておきたかった」

企画したのは17年に住民と町、国土交通省の約20人で結成した「チームやんば」。温泉協会の会長、樋田省三さん(54)がトップを務め、18年は地元主催の有料ツアーを5回開催した。ほぼ毎日実施する同省主催ツアーもあり、17年度は2万9千人、18年度は11月末までに4万9千人が来場。ツアーに参加しなかった人も含めると、16万6千人がダムを訪れた。

今後は地元主催を増やし、将来にわたる継続的な集客につなげていく。

利根川治水策として八ツ場ダム計画が発表されたのは1952年のことだ。反対運動は激しく、国の職員を拒むバリケードを張り建設反対の看板があちこちに立った。85年に地元が受け入れを決め、関連工事に着手。多額の工事費が消化された後の2009年になって民主党政権が建設中止を表明した曲折の歴史がある。

樋田さんはダム問題に人生をかけた1世代前を思う。「不況や過疎問題が絡み合って最後はダムを受け入れるしかなかった思いは計り知れない」

国交省は八ツ場ダム工事事務所に地域振興課を置き、ダムを目玉にした誘客に全面協力する。「工事を見せれば、完成後にも来てもらえる」と遠藤武志副所長。

12月のツアー後、「チームやんば」のメンバーは酒を飲みながら今後の企画を話し合った。「水を入れる前、ダム底を歩いてもらうのはどうだろう」。地元からはそんなアイデアも飛び出した。

移転補償を受け地元を離れた住民も多い。移転対象470世帯のうち代替地に移ったのは94世帯だけ。振興資金を活用して移転・新築した小学校は温水プールやエスカレーターを備えるが、児童は20人しかいない。

樋田さんが経営していた温泉旅館は水底に沈み、移転先で19年中に再開する予定だ。ダムを訪れた人の消費を喚起することが今後の課題。「温泉の泉質にだって自信がある。いつまでも国には頼れないし、ノスタルジーに浸ってもいられない」

大規模公共工事は地域のありようを変え、ときには深い対立を生む。そうした歴史を乗り越えた先、ダム完成後の地域にはどんな未来があるのだろう。

◇  ◇

伸びる「インフラツーリズム」

国土交通省はダムなどのインフラを地域の観光資源とする「インフラツーリズム」の振興に力を入れている。活用を拡大させるための方法を議論する有識者懇談会も11月に設置した。

巨大な建造物を解説付きで見学できるツアーは人気を集め、開催数は右肩上がりで伸びている。国交省が2016年1月に開設したポータルサイトに掲載する民間ツアーは18年9月に41件と、16年9月の23件から倍増した。国など管理者のツアーや見学会も、16年9月の326件から1割増え、18年9月に360件になった。

サイトに掲載された367施設の見学者数(17年度)は計46万7千人に上る。このうち、ダムを見学した人が28万8千人で62%を占めた。河川の堤防や護岸の工事現場を見学する企画も人気が高く、河川関連の施設をめぐるツアーには7万6千人が参加した。

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コロナ禍で苦境にあえぐ人々の姿や、高齢化が生み出した社会のひずみなどに焦点を当てるコラムです。

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