2019年6月18日(火)

「Mr.ホンダジェットの執念」全5話まとめ読み
電子版「ストーリー」

2018/12/28 2:06 (2019/1/11 22:28更新)
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 日経電子版の新しい連載企画「ストーリー」がスタートしました。1月7日から全5回で公開した「Mr.ホンダジェットの執念」をまとめました。

フェラガモの靴のような流麗なくちばし、主翼の上に円筒型エンジンを置いた独特のフォルム――。7人乗りのビジネスジェット機「ホンダジェット」が12月20日、日本でデビューした。70歳を迎え、かつてのような輝きを失っていたホンダが生み出したイノベーション(革新)。それを担ったのは傍流のエンジニアたちだ。

【1】「飛行機なんて」 ホンダジェット、役員たちの罵倒

 「いったい、いくらカネがかかるんだ」「こんな時期に飛行機なんてやる意味があると思ってるのか」――。ホンダ初の航空機プロジェクトに指名されたエンジニア、藤野道格を待っていたのは、社内外の大きな抵抗勢力だった。そこへ一筋の光明、ある人物が現れた。藤野は駆け寄って思わず叫んだ。「僕の話をきいてください!」

【2】真夜中にひらめいた ホンダジェット奇跡の設計図

 流線形の小さなボディーに真っすぐ伸びる翼。その上に置かれたふたつのエンジン――藤野道格の目にその姿が浮かんだのは、眠りにつく間際の暗闇の中だった。1997年夏。急いで部屋の明かりをつけてノートを探すが、手元にはない。藤野には、ほんの一刻が惜しかった。頭に浮かんだその飛行機をすぐにでも紙に書きとめないと姿を消してしまうかもしれない。藤野は壁に貼っていたカレンダーを一枚破り、その裏に無心でスケッチを描き始めた。

【3】飛べないホンダジェット 敵はホンダの中にいた

 「会場ではあくまで実験機だと強調し、事業化をにおわすようなことは一切言うな」。2005年夏。ホンダジェットは米国でデビューするが、あくまでも実験。厳しいかん口令が敷かれた。ホンダには内なる停滞がじわりと押し寄せていた。「大企業病」というジレンマだ。それを察していた人物がいないわけではなかった。藤野は事業化を直訴する。長い沈黙のあと、その男は答えた。

【4】ホンダジェット、エンジン開発者たちのクーデター

 ホンダジェットが30年越しの事業化へさまざまな壁に突き当たっていたころ、ホンダの和光研究所(埼玉県和光市)では、主要部品であるエンジン「HF120」を開発する一団がいた。そこではホンダ第1世代と、新しい世代の闘いがあった。「和光のクーデター」の実像に迫る。

【5】「実験は終わった」ホンダジェットが空を埋める日

 「あの時、宗一郎さんに話しかければよかったなぁ」。藤野は入社3年目に一度だけ宗一郎と遭遇したことがあった。研究所のトイレに入ると、なぜかアロハシャツを着たおじさんがいた。そのおじさんこそ宗一郎だった。宗一郎少年が無心で飛行機に見入った日から100年余り。空への憧れは、彼を慕う後進たちに脈々と受け継がれてきた。

前回のストーリー「マクドナルド復活の仕事師たち」まとめ読みはこちらから。

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