2019年1月21日(月)

せかい旬景 日本の技術で守るヨルダン2300年の遺産

コラム(国際・アジア)
中東・アフリカ
2018/12/29 5:50
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狭い峡谷でみるみる水かさを増す土石流。必死に避難する観光客。11月9日、ヨルダン南部のペトラ遺跡を襲った水害のニュース映像は、まるで砂漠で起きた津波のようだった。水は間もなく引いたが、日本人47人を含む観光客ら3700人以上が一時避難した。

幅約25メートル、高さ約39メートルの宝物殿「エル・ハズネ」(ヨルダン・ペトラ遺跡)

幅約25メートル、高さ約39メートルの宝物殿「エル・ハズネ」(ヨルダン・ペトラ遺跡)

ペトラ遺跡を訪れたのは、その4カ月前。岩山に囲まれた巨大な古代都市遺跡で、紀元前3世紀から紀元2世紀にかけて栄えたナバテア王国の都とされる。1985年にはユネスコの世界遺産に登録された。映画「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」撮影地としても知られるが、客引きをするベドウィン(遊牧民)の少年たちや、交通手段として行き交うロバやラクダを眺めていると、映画「スター・ウォーズ」に出てくる砂漠の惑星にいるような錯覚に陥る。その現実離れした風景は、天然の巨大テーマパークのようだ。

ペトラ遺跡には、ギリシャのヘレニズム文化の影響を受けたナバテア王国時代の遺跡の他、その数百年前の旧約聖書に登場するエドム王国の集落遺跡、その後のローマ時代の列柱通り、ビザンチン時代の教会跡、さらには11世紀に築城された十字軍の城塞など、時代を変遷するさまざまな文化遺産が残されている。世界的な観光地となっているが、遺跡の管理や保護がそれほど行き届いているとはいえない。風化は進み、文化的価値を伝える先端技術の導入や、土産などサービス分野の観光開発は未発達だ。

ナバテア王国の神殿の柱を飾っていたディオニソス神のレリーフ

ナバテア王国の神殿の柱を飾っていたディオニソス神のレリーフ

紀元前1世紀から紀元1世紀ごろ、泉から古代都市ペトラの中心部へ水を供給していた陶製水道管

紀元前1世紀から紀元1世紀ごろ、泉から古代都市ペトラの中心部へ水を供給していた陶製水道管

ナバテア王国の主神「ドゥシャラ」の像

ナバテア王国の主神「ドゥシャラ」の像

そのペトラ遺跡に、新しい博物館が2019年3月にオープンする。ヨルダンの観光産業を支援する国際協力機構(JICA)が、総額7億8380万円の無償資金協力契約をヨルダン政府と結び建設。「今は開館に向けた準備と人材教育を進めています」と話すのはJICAの文化財保護と観光開発を担当する大山晃司専門家。

日本の援助で建設されたペトラ博物館(10月)=JICA提供

日本の援助で建設されたペトラ博物館(10月)=JICA提供

土石流のような災害や風化から貴重な文化遺産を守り、その価値を伝えるために、日本の保存技術や管理ノウハウが生かされる。収蔵品を3Dスキャンしてデータ化し、レプリカ作成などに役立てる。展示ではCG(コンピューターグラフィックス)や3D映像を駆使、古代の葬送儀礼や住居の原寸大復元なども導入する。時空を超えた体験施設になる予定だ。新しい博物館を核として、地域の子どもたちへの教育機能を強化したり、観光資源としての価値を向上させたりすることが期待されている。

岩山に彫り込まれた遺跡と古代の水路

岩山に彫り込まれた遺跡と古代の水路

乾燥した岩山ばかりの場所に、どうして土石流が押し寄せるのか疑問に思った人も多いだろう。ヨルダンは灼熱(しゃくねつ)の砂漠のイメージがあるが、ペトラ遺跡は緯度約30度、標高は約千メートルに位置し冬は寒く雪が降ることも。砂漠が広がる中東での水害は実は珍しくない。森林がないので、それほど多くない降雨でも水は直ちに地表を流れ、山間部では鉄砲水や土石流が発生しやすい。ペトラ遺跡でも、観光客が歩く渓谷のルートは水が流れるルートでもあるので雨が降ったときは注意が必要だ。

シークと呼ばれる峡谷の通路を歩く観光客。奥は宝物殿「エル・ハズネ」

シークと呼ばれる峡谷の通路を歩く観光客。奥は宝物殿「エル・ハズネ」

大山さんは、「古代ナバテア王国時代は、今より治水技術が機能していた」と話す。古代都市の入り口に当たるシークに入る場所にはダムが設けられ、たまった水は掘削されたトンネルを抜けて別の渓谷に流れるようになっていた。今回の土石流でも、この古代のシステムが一部機能したという。ヨルダンの雨期は11月から3月とされ、降雨が多いのは1、2月だ。「11月にあれほどの雨が降るのは、かなり珍しい。気象変動の影響かもしれない」(大山さん)

記者が訪れた夏は刺すような強烈な日差しが照りつけていた。それでも、木や岩の陰に入ると涼しく過ごしやすい。遺跡には岩を掘った穴がたくさん残されている。その多くは墓として使われていたものだが、一部は居住用だった。中では火も使えて快適だ。実際、30~40年前まで穴で暮らす遊牧民たちがいた。

遺跡内に残るナバテア王国時代の岩窟墓。一神教ではなく多神教だった

遺跡内に残るナバテア王国時代の岩窟墓。一神教ではなく多神教だった

いま遺跡内は全域Wi-Fiが使える。岩の上に太陽光パネルを設置している風景も目にした。新しい文明が訪れれば、また岩穴で暮らす人たちが現れるかもしれない。

未来の人々が日本の技術で残された遺産の数々を目の当たりにし、いにしえの時に思いをはせることができればと、文明の栄枯盛衰を感じながら考えた。

(写真部 小園雅之)

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