2019年3月22日(金)

女川町の復興伝えた5年間 任期付き広報マン退職へ

2018/12/26 11:08
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東日本大震災で被災した宮城県女川町で、町政の広報を5年間担当してきた任期付き職員坂本卓也さん(37)=大阪市出身=が年内で仕事を終え、退職する。発展途上国の支援活動から転身し、広報誌などで町内外に復興を伝えてきた。「役割は果たせたかな」。24日の海上花火の取材が最後の大仕事となった。

復興を祈る花火を背にする坂本卓也さん(24日、宮城県女川町)=共同

女川湾に臨む商業施設「シーパルピア女川」に集まった大勢の人たちが、復興を祈る3千発の打ち上げ花火に歓声を上げた。12月の花火は今年で4回目。「風向きが良くて、今年は一番きれいですね」。カメラを構えた坂本さんが白い息を吐き、笑顔を見せた。

27歳で釣りの専門紙記者を辞め、世界を巡った。青年海外協力隊員としてモロッコで子供らに卓球を教えていた2011年3月、震災が日本を襲った。被災地の映像が頭から離れず、帰国後すぐに復興庁を通じた職員派遣に応募。13年11月に「名前も知らなかった」女川町に配属された。雇用契約の関係でこれまで復興庁、女川町、兵庫県の職員と身分は変わったが、復興支援要員として女川にとどまることができた。

サンマの水揚げや地域行事を取材して広報誌を編集し、仮設住宅に配達した。被災者との接し方に悩んだが、進んで話し掛けて寄り添ってきたつもりだ。15年3月のJR女川駅の再開時、取材陣の調整役として現場を仕切った。「全国に報道され、うれしかった」

一方で、起業や自力再建した事業者に触れるうちに「街づくりの段階が進み、自分も新しいことに挑戦したくなった」という。再び海外支援に当たることを決意し、来年は中米ベリーズに赴く。

24日、多くの人から「また帰ってきて」「長いことありがとう」と声を掛けられた。顔見知りばかりになった女川町。「海外でも被災地のことを伝えられたら幸せ。女川とつながっていられる気がするから」。咲き誇る花火の光が、坂本さんの表情を明るく照らした。〔共同〕

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