夫が残した「終わらないブログ」 がん闘病3年半
ヒトシズク

ヒトシズク
2019/1/5 17:35
保存
共有
印刷
その他

夫の「hiro」が50歳で亡くなって一週間余り。張り詰めた糸が切れたような日々のなか、「Kao」(45)はふと思い出した。「そういえばインターネットにブログを書いていたな」。スマートフォンを手に取り、覚えていたブログのタイトルを打ち込んで検索ボタンを押した。

夫の遺影に向かってブログの投稿内容を話す(大阪府岸和田市)=目良友樹撮影

夫の遺影に向かってブログの投稿内容を話す(大阪府岸和田市)=目良友樹撮影

hiroは生まれも育ちもだんじり祭の街、大阪府岸和田市。友人に誘われて祭見物に行ったKaoにhiroが声をかけ、3年の交際を経て1999年に式を挙げた。

hiroは不動産業の営業職、Kaoは歯科衛生士の共働き。長女が1歳になった04年に一軒家を建て、06年には長男も誕生して幸せな生活が続いていた。

13年6月、hiroは体のだるさを感じ病院で精密検査を受けた。翌月、夫婦を呼び出した医師は磁気共鳴画像装置(MRI)の画像に写った肺の影を指した。「ステージ4の進行がんです」。がんは脳にも転移していた。Kaoは涙をこらえることができず、「なんで」「嘘やろ」と繰り返した。

告げられた余命は1年半。望みをかけた抗がん剤治療の副作用がhiroを襲う。吐き気、頭痛、手足のしびれ。髪は抜け落ち、散歩に出てもすぐ座り込んで休むようになった。

「前より良くなってるやん。次も頑張ろう」と声をかけても「しんどさを分かってくれへん」といら立った声が返ってくる。励ましているつもりなのにぶつかりあってしまうのがつらかった。

hiroが闘病中に作った家族4人分のお守りとだんじりの模型=目良友樹撮影

hiroが闘病中に作った家族4人分のお守りとだんじりの模型=目良友樹撮影

4回の抗がん剤治療でがんを一時抑えることはできたが、進行を止めることはできなかった。16年9月、hiroはがんの苦痛を和らげる緩和ケアによって家族と過ごす日常を充実させる方を選んだ。17年2月15日、入院先の病院で妻子3人に手を握られながらhiroは息を引き取った。

hiroはがん告知を受けた翌日、家族には言わずに闘病ブログを立ち上げていた。「抗がん剤治療の副作用をどう和らげるか」「がん治療にはどれくらいの金銭負担が必要で、保険はどれくらい適用できるのか」――。投稿へのコメントには一つ一つ丁寧に返信し、少しずつ読者を増やしていた。

Kaoもネットでがんについて調べていてたまたまhiroのブログに行き着いたことはあったが、「家族にも言えないことはきっとある。はけ口として書いているんだろう」と考えて読まないようにしていた。

hiroの死後、Kaoは夫のブログに初めてじっくり目を通した。「今の嫁と出逢えたことが自分には幸せ」「息子に可哀想な事をしたのは、1番遊びたい時にガンになってしまい遊んでやれなかった事」「自分では何度も死を受け入れたつもりなんですが『死にたくないです!』」――。そこには家族に語らなかった愛情や無念、不安がつづられていた。

hiroが立ち上げたチームブロク「がんと共に生きる!」

hiroが立ち上げたチームブロク「がんと共に生きる!」

hiroは個人のブログと別に、複数で運営するチームブログ「がんと共に生きる!」も15年3月に立ち上げていた。個人のブログは本人が亡くなると更新が止まってしまう。hiroは自分と同じようにがんと闘っている患者らに「終わらないブログを作りましょう」と参加を呼びかけた。

35歳で乳がんの告知を受け、個人でブログを書いていた「りな」(40)は、ネガティブな投稿にも明るく前向きなコメントをくれていたhiroの呼びかけにすぐ賛同した。

10年から肺がん治療を続けている「スケサン」(57)はネットが苦手だったが、チームブログのおかげでネットに闘病の記録を投稿できるようになった。

これまでに9人がチームブログに参加。hiroがよく使っていた「頑張るぞぃ!」というセリフは参加メンバーの合言葉になっていった。

「hiroの妻です。こちらのブログを私も気になっておりました」。17年2月、Kaoはチームブログに初めて投稿した。hiroに向けて子供たちや自分の近況を報告したり、hiroを失った悲しさ、寂しさを打ち明けたり。その後も「終わらないブログ」に書き込みを続けている。

「夫の残したブログがこれからもどこかの誰かの支えになれば」。Kaoはそう願っている。

=敬称略

(玉岡宏隆)

▼がん罹患、働く世代が3割
 国立がん研究センターによると、がん罹患(りかん)者の約3割は「働く世代」(生産年齢=15~64歳)とされている。2014年に生産年齢でがんに罹患した人は約24万3000人と10年間で1割増えた。年代が上がるほど多く、40代は約4万6000人、50代は約8万6000人。一方、17年に生産年齢でがんにより死亡した人は約5万人で、10年前と比べて約3割減った。

◇  ◇  ◇

時代の流れ、社会のうねりの中、迷い悩みながら生きる人々の「ヒトシズク」の物語を描きます。次回は「祖国を逃れ、この場所で」です。

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]