2019年3月20日(水)

年末で消える元祖梅ジャム 創業70年、廃業選んだ信念

コラム(ビジネス)
サービス・食品
2018/12/26 6:30
保存
共有
印刷
その他

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞

平成最後の年末を迎えるなか、昔懐かしいある駄菓子がひっそりと消える。梅の花本舗(東京・荒川、現在廃業)の「元祖梅ジャム」だ。戦後約70年間にわたり作り続けた創業者の高林博文さん(87)が昨年末、高齢を理由に生産を断念した。後継者難による中小企業の廃業は日本の大きな課題。ただ、時代の流れに逆らわず、潔く手じまうという選択肢もある。

2018年末に賞味期限を迎える「元祖梅ジャム」

2018年末に賞味期限を迎える「元祖梅ジャム」

「あたしの味は誰にも出せない」。高林さんはこう言い切る。元祖梅ジャムは手のひらの半分ほどの大きさのビニールに詰められた赤い甘酸っぱい梅味のジャムだ。白く薄い丸せんべいに塗ったり、そのまま吸ったり、特に団塊世代には懐かしい味かもしれない。

1袋10円。高林さんはどんなに原材料が値上がりしようと、製法や原材料の配合を工夫して味と価格を維持してきた。子どもたちのための駄菓子であり続けるためだ。

梅ジャムの発売は1947年。戦後日本の復興の歩みと重なる。生まれも育ちも東京都荒川区の高林さんは終戦と同時に疎開先から東京に戻る。当時14歳。自宅近くの焼け野原を開墾し野菜を育てて売ったり、魚を仕入れて売ったりして一家の生計を支えた。

なにか商売のネタがないかと、自転車で上野の問屋街のほうまでぐるぐる走り回っていたとき、乾物屋の軒先で、つぶれた梅肉が売られているのを目にする。最近目にする紙芝居屋の光景と重なった。「紙芝居を見る子ども向けに梅のお菓子を作ったらどうだろう」

なめても酸っぱくないようにするにはどうするか。当時の砂糖は高価でとても手が出ない。安価な人工甘味料のサッカリンを使うことにした。小麦粉やでんぷんを混ぜ、なめらかにするなど連日試作に精を出した。

地道な自転車巡りで見当をつけた紙芝居屋に、たるごと納めた。子どもの目の前でせんべいにジャムを塗り1枚1円で売る形式で、飛ぶように売れていった。テレビもゲームもない時代。今のように濃い味の菓子もなく「外で遊び回り汗をかく子どもに梅ジャムの甘酸っぱさは良く合った」。

従業員は一時5人に増え、あんずやオレンジのジャムも作った。細長い鉛筆アメやなめ続けると数字が出てくる数字アメなど商品も増えた。

ところがテレビ放送が50年代半ばから始まり高度経済成長期に入ると、紙芝居屋の販売に陰りが見え始めた。子どもたちは紙芝居よりテレビを見始め、紙芝居屋も別の働き口を見つけ辞めてしまったからだ。

梅ジャム製造はもちろんのこと化粧箱のデザインまで全て自分で手掛けたという高林博文さん(東京・荒川の自宅工場跡で)

梅ジャム製造はもちろんのこと化粧箱のデザインまで全て自分で手掛けたという高林博文さん(東京・荒川の自宅工場跡で)

高林さんは新しい販路として菓子問屋に梅ジャムを卸すことにした。当時は女性の働き口が少なく家の軒先を開放して駄菓子屋を開くことが多かったという。さらにテレビ放送が始まったといってもまだまだ子どもたちは外で遊ぶことが多く、梅ジャムの販売も最盛期を迎えた。自宅の工場もフル稼働で一日あたり1万6千~1万7千個は袋詰めしていたという。

ところが1983年にテレビゲーム機が登場すると状況はがらりと変わった。子どもたちは外で遊ばなくなり、駄菓子屋も減っていった。問屋に商品を卸す頻度が毎日から2日に1回、3日に1回になり、そのうち1週間に1度回っても「今日はいらないよ」と問屋に言われ始めた。売り上げは最盛期の1割以下に減っていた。

そうした中、高林さんはある決断をする。中学生だった2人の息子を自分の前に座らせて言った。「家は手伝わなくていい。自分のやりたいことをやりなさい」。実は廃業は約20年前からの既定路線だったのだ。

あとは店を畳むタイミングだ。ディスカウントストアのドン・キホーテに卸すなど細々と生産は続けていたが、2014年ころには販売量も激減していた。「あと3年我慢すれば梅ジャムを売り始めて70年。それまではがんばろう」。痛む足をかばいながら、梅ジャム作りと配達を続けた。

廃業を宣言したのは17年末。全国から惜しむ声が寄せられた。同業他社から「生産を引き継ぎたい」という申し出や、後継者候補まで現れた。1箱400円のところ、ネット上で60倍超の2万5千円にまでつり上がったこともあった。しかし、高林さんの決意はぶれなかった。

梅ジャムの消費期限は製造から1年間。18年12月31日が最終日となる。「未練は一切ありません。駄菓子屋がなくなって、子どもは買わない。今はやり遂げた思いしかありませんよ」

中小企業庁によると、25年には日本企業全体の3分の1にあたる127万社の中小企業が廃業リスクに直面するという。円滑な事業継承は日本の競争力を維持するのに欠かせない。M&A(合併・買収)の積極活用やアトツギ創業が提唱されているが、ここでは感情論が抜け落ちがちだ。次代に継がれる味ではなく、人の記憶のなかでのみ語り継がれる味を選んだ創業者の思いを、誰が否定できるだろうか。

(企業報道部 京塚環)

[日経産業新聞 2018年12月26日付]

「日経産業新聞」をお手元のデバイスで!

 スタートアップに関する連載や、業種別の最新動向をまとめ読みできる「日経産業新聞」が、PC・スマホ・タブレット全てのデバイスから閲覧できるようになりました。申し込み月無料でご利用いただけます。

 
保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報