1位じゃなくても… スパコン、進み始めた利用者開拓

米国と中国を中心にスーパーコンピューターの性能を巡る競争が激しさを増しています。日本は最近、苦戦していますが、民間企業や研究機関に幅広い活用を促す努力こそが大切だとの声もあります。
各国の専門家らが年に2回、国際会議を開いて計算速度をランク付けする「TOP500」によると、2018年11月は米オークリッジ国立研究所の「サミット」が同年6月に続いて首位。日本勢では、産業技術総合研究所の人工知能(AI)専用スパコン「AI橋渡しクラウド」が7位で最高でした。
10位以内を国別に見ると、米国が5、中国が2、スイス、日本、ドイツが1ずつ。東京大学と筑波大学が運用する「オークフォレスト・パックス」は14位、11年に1位に輝いた理化学研究所の「京」は18位でした。東京大学生産技術研究所の加藤千幸教授は「高性能のスパコンを開発するのは課題を解決するためであり、順位を上げるのが目的ではない」と主張します。
スパコンの利用は健康・医療から環境・エネルギー、ものづくりまで様々な分野に広がっています。「TOP500」の圏外でも着実に利用を増やしている例もあります。公益財団法人、計算科学振興財団(神戸市)は産業用スパコン「FOCUS(フォーカス)」を運営し、企業に有料で貸し出しています。
計算能力は「京」の25分の1で、サービスを始めた11年からの累計で利用は292法人、449案件。同財団の安井宏専務理事は「フォーカスは自動車教習所のような存在。利用者向け講習会を頻繁に開いてスパコンに習熟してもらい、必要に応じて『京』へのステップアップを促している」と話しています。
スパコンの利用拡大に一役買っている民間企業もあります。ソフト開発のヴァイナス(大阪市)はフォーカスや京をはじめとするスパコンにパソコンからアクセスできるアプリケーションソフトを提供しています。藤川泰彦社長は「当社の支援システムを導入すれば、利用の目的に応じて適切なスパコンをどれでも使えるようになる」と説明しています。
スパコンの性能が日本の国際競争力を左右する面があるのも確かです。理化学研究所と富士通は「京」の後継となる「ポスト京」を開発中で、21年にも運用を始める予定です。計算能力は1秒間に100京回と「京」の100倍です。「創薬、天候予測、宇宙の根源の研究といった、『京』では処理能力が足りない研究課題が数多く出てきている」と加藤教授は言います。「ポスト京」を役立つスパコンに育てられるかどうか、日本の総合力が問われています。
加藤千幸・東大教授「科学的に重要な課題の解決がスパコン開発の使命」
国家プロジェクトであるスーパーコンピューターの開発は、日本の競争力に影響を及ぼします。研究者としてスパコンを利用し、政府に開発・設計の方法を助言してきた東京大学生産技術研究所の加藤千幸教授に、日本のスパコンに何を期待するのかを聞きました。
――世界のスパコン競争の現状は。
「世界の『TOP500』で2011年に日本の『京』が1位になった後、しばらく中国が1位でしたが、18年6月に米国が首位を奪還しました。スパコンの開発競争は日米中が中心で、欧州は利用者に徹している印象です。ただ、競争に参加すること自体が目的ではありません。例えば災害を予測して減らすという目的がまずあり、日本はその目的を達成するために、スパコン本体や、アプリケーションソフトの開発を進めています」
――旧民主党政権が2009年に実施した「事業仕分け」でスパコン開発に巨額の投資をする意味があるのか問われました。
「事業仕分けを機に、それまでの『次世代スーパーコンピューティング技術の推進』という呼び名を『ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築』に改めました。理化学研究所のスパコンと大学や研究機関の大型計算機をネットワークでつなぎ、多くの人が使いやすい環境にしようという考え方に変わったのです。開発者重視から利用者重視へと意識改革が進むきっかけになり、よかったと思います。2012年にはスパコンの利用を促す組織としてHPCIコンソーシアムという一般社団法人が発足しました」
――スパコンの利用を増やすには何が必要ですか。
「利用者はスキルがないとスパコンを使いこなせません。スパコンの利用者を開拓し、スキルアップをしないと利用は増えません。産業用スパコンを運用する公益財団法人、計算科学振興財団(神戸市)は、利用者の裾野を広げる役割を担う組織の一つといえます」
――産業界の利用を増やす上での注意点は。
「産業界ではスパコンを利用して利益を得られて初めて成果が出たことになります。国がスパコン開発を進める際には、産業界の利益を生むかどうかを見極めなければなりません。米国のスパコン開発は国防が主な目的で、産業利用は『2次利用』といえます。日本の場合、スパコンを活用できる分野は医療・創薬、防災・減災、産業利用・ものづくり、エネルギー、宇宙・科学と多岐にわたります。社会的、科学的に重要な課題の解決がスパコン開発の使命であり、産業利用は重要な柱の一つです。スパコンを開発する段階から産業界の意見を取り入れています。『京』の無償利用の約15%が産業利用です」
「スパコン事業の成否を判断するメジャーは必要です。いくらの投資をして、何ができれば良いのか。国が直接、利益を得るわけではありません。それによって産業利用が進んだり、新薬が開発されたりすることで税収が増えるかもしれませんが、把握するのは困難です。東京大学生産技術研究所はスパコンの産業利用上の価値を評価するシステムの開発に取り組んでいます」
――「ポスト京」には何を期待しますか。
「設計をするのに実験をしなくても済む、創薬の期間を短縮する、ゲリラ豪雨を予測して減災する、宇宙の根源を明らかにする、といった様々なニーズに応えるには、『京』では不十分です。『京』で何かが明らかになると、さらに上のレベルで解明したいというニーズが生まれます。例えば、ある薬が生命体にポジティブな影響を与えるかどうかを調べようとすると、分子や原子のレベルまで分析しないと解明できません。すべての世界で、なるべく基礎的なレベルから現象を精緻に解明しようとすると、膨大なデータ処理が必要になり、スパコンの助けが欠かせません。ここ数年、人工知能(AI)の活用が潮流になっています。色々なデータを解析することでルールや法則を見つけて応用するのですが、解析するデータの作成にスパコンを利用する動きが広がっています。『ポスト京』の産業利用も進むでしょう」
「スパコンが色々な分野で普及すれば、トータルでの技術力アップにつながります。『普及』というキーワードが極めて大事です。ただ、具体的な成果が見えないと、なかなか普及はしません。誰かが頑張り、無理をしてでもスパコンを使えばこんなことができると成功事例を示し、スパコンの認知度を上げていくしかありません」
(編集委員 前田裕之)
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