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サイン会より野球で稼げる幸せ オフこそ鍛錬を

今はシーズンオフでも真面目にトレーニングをする選手が多い。長いシーズンが終われば秋季練習や秋季教育リーグに参加、個人でもよく体を動かしている。昔のオフは文字通りオフで、私が中日にいたころに投手コーチをしていた稲尾和久さんに聞いても、選手時代は「何もしなかった」と言っていた。

30代で気づいた筋力強化の大切さ

オフに鍛える大切さを感じたのは30代になってから。中日から西武に移籍した1985年のシーズンが終わり、まだ盛んではなかったウエートトレーニングに取り組んでみたいと思っていたところ、個人的にマッサージを頼んでいた人に極真空手の西田幸夫さんを紹介され、道場で1週間ほど教わることになった。

西田先生は「重いものを上げるのでなく、軽いもので効果を得る」という考えの人。例えば、3キロほどの鉄亜鈴で肩の三角筋を鍛えるメニュー。まず手の甲を上にしてそれぞれの手に鉄亜鈴を持ち、肘を伸ばす。ポイントになるのが、手首をしっかり下に曲げ、かつ内側にひねること。この状態で亜鈴を上げ下げすると効き方が変わってくるという。体を使わず腕の力だけで上げられるよう、壁などに背中をつけるやり方も教わった。重いバーベルを上げるベンチプレスは、思うように上がらなくなれば補助してもらい、逆に下ろすときは自力で下ろす。やり方一つでずいぶん効果が違うものだと実感した。

今や秋季練習は当たり前になった(高知県安芸市で行われた阪神の秋季キャンプ)=共同

こうしてウエートトレーニングを積んだ結果、体重が4キロほど増え、太ももは3カ月で3.1センチ太くなった。西武から移った阪神で37歳まで現役を続けられた一因に肉体の強化があったことは間違いない。

西田先生の言葉で印象的だったのが「野球をするのに即した筋肉を付けないといけない」というもの。内村航平選手ら多くの体操選手は、日ごろ筋力トレーニングをしていないという。体操の練習を積むなかであれだけの体ができあがっているわけで、純粋に体操に必要な筋肉を付けられているということなのだろう。

米国ではよくジムの壁に「あすは来るな」と書かれた紙が貼ってあるそうだ。トレーニングを積むと体がムキムキになっていくのが楽しく、つい毎日通う人がいる。だが、効率的に筋力を高めるには、鍛えては休ませることが大事。休息が足りない状態で鍛えようとしてもなかなか負荷の最大値を上げることはできず、かえって効率が悪いという。ウエートトレーニングの最大の効用は、けがをしにくい体をつくること。度が過ぎて肉体美を求めるわなに陥らないよう、選手は気をつけてほしい。

そういう私も20代のころは自覚が足りず、オフにしっかり鍛えるという発想がなかった。「鍛えよう」との思いに至らない環境だった、というのが正確かもしれない。

同志社大から中日に入った76年、私の年俸は280万円だった。まだ用具メーカーと契約は結んでおらず、バットなどの道具は自費で購入していたから、実際の手取りは月17万円くらい。そこから10万円を実家への仕送りに回していたので、手元に残るのは7万円ほどだった。

オフになるとサイン会などのイベントが目白押しだった。芸能人を呼ぶよりプロ野球選手が出る方がお客さんが集まる時代で、サイン会に1回出ると10万円くらいのギャラがもらえた。2、3カ所をはしごすれば軽く20万円はいく。一緒に回った鈴木孝政と「20万円になったな」と言って、2人でにやにやしていたのを覚えている。結局、オフだけで年俸と同じくらいの副収入が転がり込んできた。

必死に野球をすることでもらうのと同じくらいのお金を、さらさらっとサインを書くだけで稼げてしまうことには違和感を覚えた。だが、今と違って少々活躍しただけではなかなか年俸が上がらない時代。特に若い選手にとってイベント出演は大きなものだった。サイン会などに呼ばれることが選手としてのステータスでもあった。そういう感じでオフが過ぎていったから、トレーニングがおろそかになるのは当然だったといえる。

サイン会といえば、星野仙一さんと行くときは枚数制限があった。星野さんの意向で、お客さんがどれだけいようが所定の枚数に達したら終わり。書く側からすれば楽ではあった。対照的に高木守道さんはいつも丁寧で、私たちが「いつやめるんかな」というくらい延々と書き続けていた。

かつて選手寿命が短かったのは、特に投手が今とは比較にならないほど酷使されたことに加えて、オフの過ごし方がよくなかったことも原因だったのではないか。50歳まで現役を続けた山本昌(元中日)をはじめ、40代でも活躍を続ける選手が少なくない近年の状況から、そんなことを考える。

他チーム選手と仲良く自主トレ、なぜ?

私がオフでも鍛錬を怠らないようにして感じたのは「勝負は11月、12月、1月」。チームのために尽くすシーズンが終わった後のこの3カ月間は自分の考えで色々なことができる、かけがえのない時間だ。活躍すれば年俸がどんと上がり、トレーニングの情報や時間をたっぷり手にすることができる今の選手はつくづく恵まれている。

自主トレを行う米ハワイへの出発前に取材に応じる巨人の菅野(左)と宮国。阪神に移籍した西が現地で合流するという=共同

そんな昨今の選手を見ていて首をかしげるのが、よそのチームの選手との合同自主トレだ。このほどオリックスから阪神にフリーエージェント移籍した西勇輝は、今オフも巨人の菅野智之と一緒にハワイで自主トレをするという。チームの主力投手である2人が、同じリーグのライバル同士になっても続けるところにも驚く。巨人ファンと阪神ファンが敵意をむき出しにして熱い応援をしているのに、本来戦うべき選手同士が仲良くしているのを見たらどう思うだろうか。星野さんが「グラウンドでは絶対、相手チームの選手としゃべるな」と厳命していたのとはあまりに異なる。

金田正一さんは、自チームの若手が教えを請うてきたときに「金を持ってこい」と言ったとか。これがプロだと思う。たとえ同僚でも、苦労して築き上げた地位を脅かしうる存在だと思えば、おいそれと助言などできない。ましてやライバルチームのプラスになり得る、球団の枠を超えての合同自主トレは無用というもの。かつて球場にあった、見る者が息をのむ果たし合いのような空気がなくなったのは、こういうところに原因があるのかもしれない。シーズンが終わっても、戦闘モードのスイッチまでオフにしてはいけない。

(野球評論家)

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