鉄道オタクはなぜ 鉄道会社に嫌われるのか?
ホンネの就活ツッコミ論(7)

東洋大学鉄道研究会出身、現在はマイルドな鉄チャン(オタクと言うほどではないが一応、好き)の石渡です。今回のテーマは「オタクの就活」。鉄道オタクにアニメオタク、女子学生だとハローキティやディズニーなどでしょうか。オタクというほどでなくても、その企業の製品・サービスが好きだから志望した、という学生は多いはず。
結論から言えば、オタク学生はほぼ全滅します。というわけで、オタク学生はその対象ジャンルとなる企業以外を選ぶようにしましょう。以上。では、コラムも何もあったものではありません。もう少し、構造を明らかにしていきます。
儲かる構造を理解していない

まずは九州旅客鉄道(JR九州)のサイト内にある「財務業績情報・セグメント別業績」ページを開いてみましょう。セグメントとして表示されているのは「運輸サービス」「建設」「駅ビル・不動産」「流通・外食」「その他」の5つ。2016年3月期の収益は運輸サービスが1809億円。全体では3779億円なのでほぼ半数を占めています。
さすがクルーズトレインの「ななつ星」などで話題になっただけのことはあります。在来線特急のグリーン車も好き、という個人的な趣味嗜好はおくとして、営業利益も見ていきます。
運輸サービスは105億円の赤字。全体では208億円の利益(黒字)を出しています。では、105億円の赤字をどう穴埋めしているか、それは他のセグメントで利益が出ているからです。2016年3月期だと、建設61億円、駅ビル・不動産204億円、流通・外食34億円、その他(ホテルなど)24億円。何のことはない、運輸サービスの赤字を他の事業が穴埋めしているのです。

もう一例、京阪ホールディングスも挙げておきましょう。京阪ホールディングスは運輸事業の従業員が4694人、営業収益は全体の31.7%を占めています。では、他の事業はどうでしょうか。
・流通事業...従業員数850人、営業収益32.0%
・不動産事業...従業員数595人、営業収益25.0%
・レジャー・サービス事業(ホテルなども含む)...従業員数564人、営業収益10.7%
確かに京阪電鉄を擁する京阪ホールディングスは鉄道事業が主体のインフラ企業です。しかし、同社も、実質的には流通と不動産、観光で利益を出しているわけです。JR九州や京阪ホールディングスのように、事業収益の多くは鉄道・運輸事業以外で出している鉄道会社が大半です。

「アイスクリームか、うどんかどっちがいい?」
その鉄道会社からすれば、収益が低い鉄道・運輸事業よりも収益が高い他の事業の社員を増やそうとするでしょう。鉄道会社からすれば、収益の高い事業へ人員を増やすことで利益を増やそうとするわけです。鉄道会社でなくてもどの会社でも当然の発想です。ある鉄道会社の知人の話をご紹介しましょう。
「うちの新入社員には、研修中のある日、『アイスクリーム、コーヒー、うどんの中ではどれが好きか』と聞く。選んだら、それぞれ、その商品を主力とする飲食チェーンに送り込む。うちの駅ビルにテナントとして入っているのだから」
それで、半年から1年ないし2年程度、働いてから次の部署に異動する、ということのようです。全ての鉄道会社がこの「アイスクリームか、うどんか」をやっているとは思えません。しかし、この「アイスクリーム、うどん」に不動産、ホテルなどを加えれば、相当な確率でどの鉄道会社でも起こり得る話です。
その点、鉄道オタク学生は鉄道事業のみを希望するわけですから、鉄道会社からすれば使いづらいことこの上ない。
単なるファンとビジネス展開は別
鉄道会社だけではありません。ディズニーランドを運営するオリエンタルランド、ハローキティを展開するサンリオ、映画会社の東宝、東映などもファン・オタクの学生が多数志望します。しかし、そのほとんどが落ちてしまいます。その理由は企業の次のような考え方によるからです。
学生 「ずっと好きでした」
学生 「子どものころからグッズを集めていました」
企業 「ありがとう。ずっと、いいお客さんでいてください」
企業からすれば、ファン・オタクかどうかよりも、入社して利益を伸ばしてくれそうかどうか、そこが重要です。その利益を伸ばす際に、ファン・オタクの思いとは別の施策に出る、ということだって十分あり得ます。
鉄道会社を例にすると、JR北海道は2016年11月、ローカル線10路線13区間について単独では維持困難と発表しました。実質的には将来の廃線を宣言したも同然です。
オリエンタルランドは東京ディズニーリゾートの大人1日入園料を2016年に6900円から7400円に値上げしました。
どちらも、ファンからすれば廃線や入園料値上げは避けてほしいところでしょう。しかし、批判はあっても利益を追求する、というのはこういうことです。JR北海道は実際に経営難です。オリエンタルランドは、入園料値上げで2016年の来場者数こそ微減(前年度比0.6%減の3000万人)ですが、営業収益が悪化したわけではありません。
オタク発想はいらなくてもオタク知識は欲しい

「利益を追求」という点で言えば、オタク発想はいらなくてもオタク的な知識は欲しい、これも採用担当者の本音です。例えばプロ野球チームの球団職員志望の学生がいたとしましょう。A君、B君ともに「野球の楽しさをお客様に伝えたい」と自己PRを書いています。
では、その裏付けとなる知識という点で、A君はそのチームの応援に野球場こそ行くものの、それで終わり。一方、B君はチームの応援に行くだけでなく、球団運営にも最初から興味を持っていました。『プロ野球12球団ファンクラブに10年間入会してみた』(長谷川晶一、集英社)、『パリーグがプロ野球を変える』(大坪正則、朝日新書)、『監督・選手が変わってもなぜ強い?』(藤井純一、光文社新書)などのプロ野球経営の本、『ハートボール』(原秀則・風巻龍平、小学館ビッグコミックス、全2巻)というプロ野球職員が主人公の漫画、あるいは野村克也など野球評論家の戦術論など一通り読んだうえで、自分ならこうしたい、こういうサービスならファンも喜ぶし球団も儲かる、と考えていました。
さて、どちらがプロ野球チームにとって欲しい学生か、一目瞭然のはず。これが「オタク発想はいらないけど、オタク的知識は欲しい」ということです。
どうしても「好き」を就活で実現する必要はない

専門家によって意見の分かれるところですが、私は好きなことを仕事にする必然性は全くないと思います。いくら「好き」と言っても相手がどう思うか、それが就活です。恋愛にも同じことが言えますね。恋愛だと、相手に「ごめんなさい」と言われたらそれでおしまいです。無理に追いかけ続けると、それは単なるストーカーでしょう。同じことが就活にも言えるはず。
そもそも学生がファンとなる鉄道・アニメ・映画、あるいはサブカル関連の企業は、違う事業(不動産、流通、観光など)が主体か、専門職の要素が強いか、どちらか。専門職の要素が強い場合、一般的な文系学部ではなく美術系学部など専門学部を卒業している必要があります。それと、もう一点、専門職なのでそこまで採用者数も多くありません。
どうしても、と言うのであれば、関連事業を展開している企業を志望するという手があります。例えば、ディズニーだと、お菓子の権利を持っている食品卸の山星屋、映像関連だとエイベックスなど。鉄道会社だと、路面電車のトップメーカーであるアルナ車両、券売機など駅務システム機器メーカーの高見沢サイバネティクス、JR系の建設会社である鉄建建設など。
それ以外にも関連企業を探せばいくらでも出てきます。そうでなければ趣味は趣味のまま、就活は別、と割り切る方が私は幸せではないか、と思うのです。私の知人である採用担当者はディズニーファンですが、ディズニーとは全く無関係のメーカーに就職。そこで結婚し、ディズニーランドで結婚式を挙げ、月に1回は必ずディズニーランドに夫婦で行くそうです。ディズニーランドの結婚式は最高のプランで約770万円(全国平均は2014年ゼクシイ調べで333万円)。「好き」を無理に仕事にしていなくても、こういう幸せもあるのかな、と思う次第です。
1975年札幌市生まれ。東洋大学社会学部卒。2003年から大学ジャーナリストとして活動開始。当初は大学・教育関連の書籍・記事だけだったが、出入りしていた週刊誌編集部から「就活もやれ」と言われて、それが10年以上続くのだから人生わからない。著書に『キレイゴトぬきの就活論』(新潮新書)、『女子学生はなぜ就活で騙されるのか』(朝日新書)など多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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