歌舞伎の火 絶やさず400年 南座(もっと関西)
時の回廊

2018/12/19 11:30
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耐震改修工事を終え、2年9カ月ぶりに先月新開場した南座(京都市東山区)。京の冬の風物詩である顔見世興行を2カ月連続で開催し、連日多くの観客でにぎわっている。南座の立つ四条河原は、歌舞伎の祖である出雲の阿国が「かぶき踊り」を演じたとされる。南座は歌舞伎発祥の地で、400年にわたって歌舞伎を上演し続けてきた。

芸舞妓が桟敷席に並ぶ花街総見の日は客席もひときわ華やかだ

芸舞妓が桟敷席に並ぶ花街総見の日は客席もひときわ華やかだ

■度重なる火災

南座ができた正確な年代は実は分かっていない。元和年間(1615~24年)に四条河原にあった7つの芝居小屋が官許され、その1つが南座だった。南座の藤田孝支配人は「少なくとも400年前にこの地に劇場があったとみられることから、今回の顔見世は『南座発祥四百年』とうたった」と説明する。

四条通を挟んで並んだ7座は度重なる火災などで次第に数を減らし、江戸時代後期には南座(南の芝居)と北座(北の芝居)だけに。1893年に北座が廃座し、1906年には唯一残った南座の経営権を松竹が取得。その年の12月には松竹主催の顔見世興行を開催し、以来、戦中戦後も途絶えることなく続けてきた。

大正時代の南座 櫓や破風造りは現在の南座にも受け継がれている((C)松竹)

大正時代の南座 櫓や破風造りは現在の南座にも受け継がれている((C)松竹)

「南座がなかったら、上方歌舞伎は途絶えていたかもしれない」と話すのは歌舞伎俳優の片岡秀太郎さん。秀太郎さんは9歳の時に顔見世に初出演し、今回で69回目と最多出演記録を誇る。関西で歌舞伎が低迷した時代には、関西での公演は南座だけということもあった。父の十三世片岡仁左衛門の相手役などで大きな役をたくさん経験し、「南座に育ててもらった」。

近畿大の林公子教授は「舞台の間際まで桟敷席が並び、昔ながらの劇場空間を保っているのが南座独特の雰囲気を醸し出す」と評する。一般的な劇場は舞台正面にだけ客席を配置するが、南座は左右の桟敷席が劇場を包み込むよう。正面客席よりも高い位置にあり、俳優と同じ地平で芝居が見られる利点もある。

現在の建物ができたのは29年。それまでの木造から鉄筋コンクリート造りに変わったが、官許の証しである櫓を備えた桃山風の破風造りの外観を保ち、芝居小屋の風情を残した。91年には建物はそのままに内部設備を最新のものに一新。96年に国の登録有形文化財、その後京都市の歴史的意匠建造物に指定された。

耐震改修工事を終え、装いを新たにした南座(京都市東山区)

耐震改修工事を終え、装いを新たにした南座(京都市東山区)

■改修で華やかに

だが、2015年の耐震診断で改正耐震改修促進法の基準を満たしていないことが分かり、再び改修することになった。国や市の指定があるため、建物の外観や内部空間は維持する必要がある。しっくいや壁を3D点群データで正確に計測し、耐震補強後に復元再生したという劇場内の様子は、改修前の南座そのまま。壁紙やじゅうたんが新しくなり、天井格子や手すりを塗り直した朱色が鮮やかで、より華やかな印象だ。

舞台機構は最新のものに更新。花道の上だけでなく斜め方向へも宙乗りができるようにしたり、1階席を舞台とフラットにしたりと「舞台の自由度が増した」(藤田支配人)。

19年の公演予定を見ると、歌舞伎や舞踊の公演に加えて、音声合成ソフトの人気キャラクター「初音ミク」と共演する「超歌舞伎公演」などが並ぶ。歌舞伎の伝統を守りつつ、新しいことにも挑戦を続ける南座はこれからどんな歴史を紡いでいくのだろうか。

文 大阪・文化担当 小国由美子

写真 目良友樹、大岡敦

《交通》京阪電鉄「祇園四条駅」から徒歩1分、阪急電鉄「河原町駅」から徒歩3分。
《ガイド》鴨川に面する西側に「阿国歌舞伎発祥の地」の碑、四条通、川端通を隔てたはす向かいには「出雲の阿国像」が立つ。阿国の像は左肩に刀を担ぎ、右手に扇を持った姿で南座の方を振り仰いでいる。
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