2019年7月19日(金)

原油、米が一大供給国に 30年で需給構造変化
商品市況 平成の30年(1)

2018/12/17 12:54
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平成の日本の商品市況はバブル経済崩壊、資源ブーム、リーマン・ショックと、大きな節目を繰り返し体験してきた。総務省がまとめる全国消費者物価指数(CPI、生鮮食品を除く総合)は、2018年10月は101.6。1989年1月の87.1から緩やかに上昇してきた。主要商品ごとに30年間の市況を振り返り、需給構造や価格水準の変化をたどる。第1回は原油。

原油価格は様々な世界情勢を反映する(サウジアラビアの原油採掘場=ロイター)

原油価格は様々な世界情勢を反映する(サウジアラビアの原油採掘場=ロイター)

ガソリンや電力、石油化学製品の値段を左右する原油価格は30年前の3倍の水準にある。指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)のニューヨーク先物は89年初に1バレル17ドル台だった。今は51ドル前後。08年に140ドル台まで上がり30ドル台に急落するなど値動きは荒い。

平成に入って間もない90年夏にイラク軍がクウェートに侵攻。「湾岸危機」で原油は10ドル台から30ドル台に急騰した。

2000年代に入り価格の振れ幅が広がった要因のうち、大きなものは中国のほか新興国の需要急増だ。

アジア通貨危機で世界的に需要が落ち込んだ98年末、ニューヨーク先物は10ドル付近まで下げた。ここを大底に相場は切り上がり、08年まで息の長い上昇局面が続いた。

中国やインドといった新興国の経済成長による需要拡大が値上がりを支えた。英BPによると中国の消費量は03年に日本を抜き、原油市場での存在感を強めた。

価格を押し上げたのは実需だけではない。先物取引が広がり投機資金の影響が無視できなくなった。非鉄や穀物など、原油以外の資源も新興国の消費拡大がはやされマネーが流入した。

08年夏には史上最高値となる147ドル台まで上昇。わずか1年で2倍になった。直後に発生したリーマン・ショックで実需、投機マネーの両方の柱を失った原油価格は急落。同年末には30ドル台まで下がった。

金融危機が収束し再び値上がりを始めた10年前後から、米国が供給面で存在感を高めた。地中の岩盤層から掘り出すシェールオイルの開発が加速した。

1バレル100ドル前後まで戻した相場を追い風に、米国の原油生産量は89年の日量761万バレルから18年後半には1100万バレルを突破。サウジアラビアを抜いて最大の産油国になった。

米国の台頭で供給過剰気味になった原油は14年以降、下落に転じた。需給構造が変化するなか石油輸出国機構(OPEC)の原油価格への主導権は色あせ、16年にWTIは30ドルを割り込んだ。

音をあげたサウジなどのOPECはロシアを巻き込み、17年に協調減産を始めた。相場は18年10月、約4年ぶり高値まで上がった。

「我々はともに成長できる。互いを犠牲にすることなく」。サウジのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は今月7日、米シェールの台頭についてこう語ったと報じられた。

この30年で世界の石油消費量は約1.5倍になった。一方で温暖化対策や再生可能エネルギーの普及で、需要はやがて天井を打つとの見方が強い。「そのときは皆が考えるより早い。2030年より前だ」と国際エネルギー機関(IEA)元事務局長の田中伸男・笹川平和財団会長はみている。経済成長による消費拡大を支えにしてきた原油市場は、新たな転換点に立とうとしている。

(久門武史)

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