マクドナルド復活 カサノバ氏と2人の異端児 - 日本経済新聞
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マクドナルド復活 カサノバ氏と2人の異端児

マクドナルド復活の仕事人たち(1)

2014年の鶏肉偽装問題のどん底からはい上がり、全国2900店の売上高が36カ月連続成長を更新中の日本マクドナルド。カナダ出身のサラ・カサノバ社長(53)、「外部」から来た2人のキーマン、毎年3分の1が入れ替わるという14万人のクルー(店員)たち。異色の仕事人たちが会社を大きく変えた。

 日本マクドナルドの強さの秘密は。死角はあるのか。経営幹部やOB、店長・元店長、パートやアルバイトまで50人を超える人々に取材しました。5回連載でお届けします。

一人歩きしたイメージ

「カサノバ社長は逃げたな、と。あのときはそう感じました」。

マクドナルドのフランチャイズ店を運営するあるオーナーは2014年7月のことをこう振り返る。

7月29日、チキンマックナゲットなどに使う鶏肉の使用期限偽装が発覚してから10日後にカサノバ社長は記者会見を開いた。騒動を謝罪する一方で、「マクドナルドはだまされた」と語ったのだ。日本マクドナルドホールディングスの社長に就任して半年たらず。衝撃的な不祥事で彼女の顔を知った人も多かった。

「自分たちも被害者だ」といわんばかりの発言と、強い意志を感じさせる風貌も手伝って、「すきを見せないやり手の欧米経営者」というイメージができあがった。「だまされたと主張することで責任を回避し、日本を去って次のステップに進むんじゃないか」(危機管理の助言会社社長)という見方もあったという。

カサノバ氏は大きな「袋」

カサノバ氏が逃げることはなかったが、鶏肉問題に異物混入騒動も加わった。3日に1度は通うほどファンだった東京都内のある主婦は、騒動から都合1年間マックから遠ざかった。「マックに行くと『意識低い人』と言われそうな風潮があった」。

売上高は最大で4割減にまで落ち込み、筆頭株主の米マクドナルドが株式を一部売却するとの観測まで流れた。

それから5年。カサノバ氏が、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長のように、強力なリーダーシップとカリスマ性で会社を引っ張ったかというとそうも見えない。首都圏で店長を経験した50代のOBは「カサノバさんは大きな袋のような感じ」と表現する。「隣のお母さん」と表現する人もいる。

カナダのバンクーバーで育ち、1990年にマックマスター大学大学院を修了、翌91年にマクドナルドのカナダ法人に入社した。スイミングに没頭していた幼いころからマクドナルドのハンバーガーが好きだったが、採用面接では一度落とされている。自ら手紙を書いて直訴し、入社を許されたという。

 マクドナルド復活にはカサノバ氏の両腕となった2人の男がいた。その起用の経緯や、大胆な権限委譲のしかたを見ると、彼女の「袋」の中身がみえてくる。

ケチャップの血

「シモさんを戻したらどうか」。不祥事の渦中にあった2015年1月、カサノバ社長はあるキーマンを本社に呼び戻した。

「シモさん」とは下平篤雄氏(65)。後に副社長となりカサノバ社長を支える。現在マクドナルド2900店の7割はフランチャイズで運営されているが、その体制を作り上げた功労者だ。2005年に日本マクドナルドの代表取締役に上り詰めたが、2009年にフランチャイズチェーンの一つ、クォリティフーズ(新潟市)に出向、そのまま転籍して同社副社長となっていた。自らが広げたフランチャイズを自ら支えるという名目だった。マクドナルド広報は否定するが、2004年にアップル日本法人からスカウトされた原田泳幸社長とソリが合わなかったとの噂もあった

鶏肉偽装に加え異物混入問題も重なり、マックの評判は地に落ちた。「出戻り」の下平氏が手をつけたのは、原田時代の「数値主義」で荒れていた現場の店舗の立て直しだ。品質と信頼を取り戻すことが何よりも先決だ。

法律を志した大学時代

「あの人の体にはケチャップの血が流れている」。神奈川県の店舗を任されているあるベテラン店長は、こう表現する。

東京都出身。日本マクドナルド創業者の藤田田氏が東京・銀座に1号店を出店した7年後の1978年に同社に入社した。国学院大学法学部を卒業してから1年間は司法の勉強をしていたという。

70年代のマクドナルドは破竹の勢いで出店数を伸ばしていたが、集まったスタッフたちは外食・流通業界の野武士的人材が多かった。そんな中で、自身も法学部出身の藤田氏は、親子ほど年下の下平氏をかわいがった。

駆け出しから東松山店、阿佐ヶ谷店、環八高井戸店など首都圏5店舗を経験した。カサノバ社長は「店舗のことはシモさんに任せている」と話す。

目は笑っていない

今年9月。京都府宇治市にある宇治大久保店の20歳代の女性店長は下平氏の訪問を受けた。

「大事なのは厨房やレジだけじゃない。店内の見回り役はちゃんと機能しているのかな」「このままだとお客さんが突発的に増えたときに店の清潔度合いが低下するよ」

耳のいたい言葉もあったが「現場経験がない人ではできないアドバイス」(女性店長)と納得した。

終始にこやかな表情だが、社内には「目は笑っていない」と恐れる声が多い。メーカーやIT業界に比べると外食業界の人々は仲がいい。消費者のさまざまな食欲をうまく分け合ってきた連帯感があるからだ。だが下平氏はそうした協調とは一線を画している。

下平氏はマクドナルドを「レストラン」と呼ぶ。「1日3食、週7日、全部とるつもりだ」(関係者)

一度落とされた異端のマーケッター

カサノバ氏に引き戻された下平氏が、今度は次のキーマンを引っ張ってくることになる。

2015年春、アパレル大手ワールドの執行役員だった足立光氏(50)のもとにあるヘッドハンターが訪れた。「マクドナルドのCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)をやらないか」。これまでに米P&G、コンサルティング会社の独ローランド・ベルガーなどを渡り歩いてきた足立氏のマーケティングの手腕を聞きつけたのだ。

「火中のクリを拾うのは……」。経営危機に陥っていたマクドナルドに入ることには周辺の反対もあったが、足立氏は「やってやろう」と挑戦を決めていた。マクドナルドにおもむき、東京・新宿の店舗で研修するなど、転職の準備が進んだ。

ところがマクドナルド人事担当者は最終面接で足立氏を落としてしまう。足立氏の見た目の派手さや、歯に衣(きぬ)着せぬ物言いがマクドナルドの保守的な文化に合わない、と判断したらしい。

悪いニュースを覆う

一方、新宿店での研修では足立氏の良い評判があがっていた。異端児の新しい発想に、現場の方が敏感だったのだ。その評価は下平氏に上がる。一度「NG」を出された足立氏を下平氏が引き上げた。

「当時のマックは、行くこと自体がかっこうわるい店だった」。足立氏は著書「『劇薬』の仕事術」(ダイヤモンド社)でも振り返る。足立氏が取った戦略は「LOVE OVER HATE(愛は憎しみを超える)」。大量の「良いニュース」があれば、「悪いニュース」は見えなくなる、という考え方だ。「名前募集バーガー」「第1回マクドナルド総選挙」、人気ゲーム「ポケモンGO」とのコラボ――。毎週の様に新商品や新企画を打ち出していった。

足立氏の人寄せ作戦でマックに足が遠のいた消費者が振り向き始めた。久しぶりの店に足を向ければ、今度は下平氏によって生まれ変わった新生マックが待っている――という連携プレーだ。

マクドナルドが今年3月に発売した「夜マック」。午後5時以降、100円追加して払えばハンバーガーのパティー(肉)が2倍になる。足立氏が考案したメニューだが、夕食時間帯を重視していなかった役員陣から猛反対を受ける。だが、下平氏がこの案を擁護した。最後にゴーサインを出したのがカサノバ社長だった。

筋力より胆力

「マクドナルドのポテトは好きですか」。9月上旬、北九州市の「小倉足立インター店」にカサノバ氏が到着すると、しゃがみ込んで子供と話しはじめた。ハイタッチして笑顔を見せる。「本当に安心して食べさせられるんでしょうか」。母親が率直に問いかけると、ハンバーガーの包み紙に印刷されたQRコードを見せて「スマホでこれを読み込めば、食材がどんな風に調達されているか確認できます」と訴えた。

「店に来るのは好き。お客さまを見ています。どう過ごしているか、満足しているのか」。客席の一角で始まったインタビューでカサノバ氏はこう話した。威圧感も大げさなそぶりもない、いつも笑顔で陽気な、という言葉以外が見当たらない。

「前年比9.9%増なら、10%増にしてもってこい」。前任の原田氏の時代、マックでは「筋肉理論」という言葉がもてはやされた。もう持ち上げられないという状況で、もう一度バーベルを持ち上げる。これが新たな筋肉をつくる、というものだ。

カサノバ氏にはこうした苛烈さはない。だが「自分でやるのではなく、人に任せるほうが胃が痛い。よほど肝(きも)が据わっていないとできない」とある幹部は語る。

マックは36カ月連続成長、過去最高益更新という未踏の領域に入ったが、現場では「早く記録が途絶えてほしい。その方が楽になる」(フランチャイズ店店長)との声もあがる。カサノバ氏の胆力は筋力を超えられるか。

=つづく

(川名如広)

「マクドナルド復活の仕事人たち」は5回連載します。
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マクドナルド 復活の仕事人たち

2014年の鶏肉偽装問題からはい上がり、36カ月連続成長を更新中の日本マクドナルド。復活の主役はサラ・カサノバ社長だけではない。出戻りの大番頭、異端のマーケッター、14万人のクルー。原動力はその多様性だ。マックは未踏の成長を続けられるか。死角はないのか。

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