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智弁和歌山・高嶋監督勇退、甲子園68勝 教え子に感謝

高校野球の監督として歴代最多の甲子園通算68勝を挙げ、8月に退任した智弁和歌山高(和歌山市)の高嶋仁・前監督の勇退記念パーティーが今月1日、同市内であった。智弁学園高(奈良県五條市)でコーチや監督を務めた10年を含め、48年にわたって球児を指導した名伯楽は「甲子園は私の人生そのもの。いろんな記録もつくらせてもらい最高の監督生活だった」と教え子たちへの感謝を口にした。

勇退パーティーでは予定時間を大幅に超えて"高嶋節"を披露した=共同

集まった両校OBは200人以上。プロに進んだ教え子も駆けつけ、智弁和歌山出身では2年連続盗塁王の日本ハム・西川遥輝に中日・岡田俊哉、ヤクルトで活躍し引退したばかりの武内晋一氏、智弁学園の卒業生では阪神の高代延博2軍チーフコーチらが顔をそろえた。

厳しい指導で知られ、甲子園でも仁王立ちでグラウンドに鋭い視線を送った。智弁学園を率いて1976年春に甲子園初出場、80年に監督に就いた智弁和歌山では94年春、97年夏、2000年夏と3度全国制覇。通算の68勝だけでなく、春夏通算38回の甲子園出場も歴代最多だ。

「高校生が内に秘めている力はすごい。絞ったら絞ったほど答えを出してくれる」と、ほとばしる情熱と猛練習で選手を鍛え上げた。「人生で最もつらい3年間」と評した教え子もいるほどだが、この日見せたのは「監督時代には見たことがない穏やかな表情」(岡田)。スピーチでは予定時間を大幅に超えて"高嶋節"を披露した。

半世紀近い指導者人生を貫いたのは「なんとかこいつらを甲子園に連れていきたい」という思い。その原点は自身の海星高(長崎市)時代の甲子園出場で味わった「足が震えるほどの感動」だという。

選手を徹底的にしごいたのも、その使命感から。年によってチームの強弱はあるものの「不思議と甲子園では勝てた。負けたら翌日からきつい練習だから、一日でも長くいたかったんじゃないか」。08年に部員への暴力で3カ月の謹慎処分を受け、監督を一時退任した際には、41日かけて四国でお遍路巡りを敢行し、自身を見つめ直した。

今年の第100回の夏の大会は「一番の思い出」。一方、大阪桐蔭には昨春から公式戦で5連敗し、うち3回は甲子園、近畿大会の決勝で「大阪桐蔭も強いけれど、智弁も強かったんや」と悔しがる。負けず嫌いは筋金入りで、後任の中谷仁監督が今秋の近畿大会でその雪辱を果たすと「監督が代わったとたん……」とポロリ。今後は名誉監督として助言を送りつつ、解説者としても活動していくという。

(影井幹夫)

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