ライブの新境地 僕はこれがやりたかった(井上芳雄)
第35回
井上芳雄です。11月29日に東京国際フォーラムで『井上芳雄 by MYSELF スペシャルライブ』の今年2回目を開催しました。ゲストは坂元健児さん、濱田めぐみさん、ジャングルポケットの斉藤慎二さん。笑いを本職としている斉藤さんが加わったこともあり、コントにも挑戦しました。とにかく楽しく、笑って過ごせるコンサートにしたいと思っていたので、僕はこういうことがやりたかったんだと、あらためて気づきがありました。


セットを使ったコントは、斉藤さんのマッサージ店に坂元さんがお客として来るという設定。坂元さんは昨年に続いて2回目のゲストです。昨年はお悩み相談で、マッサージ店に行って職業を聞かれたときに、ミュージカル俳優であることをなかなか打ち明けられないという自分の悩みを打ち明けてくれました。それを受けての今年のコントでした。
言ってみれば内輪受けなのですが、あえてそれを狙っているのは、このライブならでは。僕のラジオ番組発のコンサートで、基本的にリスナーの方たちが見に来てくれるので、番組での会話や昨年のコンサートでの出来事をみんな共有しています。だから「知っていますよね」というのを踏まえて、そこからいろんな事件が展開していって、笑いが起こるという仕掛けです。内輪受けも、とことん突き詰めて壮大な展開になれば、知らない人にも面白く見えるはずだと思っていて、実際そんなふうにできたかなと感じています。
坂元さんは、面白いことがとても好きな方です。だから、「こんなことをやってください」と頼んだら、すごく一生懸命やってくれます。でも、冗談なのか本気なのかよくわからない(笑)。舞台の上では、面白くなるなら真顔でウソをつきかねない一面があり、虚構を利用して笑いをとろうとするところが、すごく独自の世界を持っているなあと思います。

濱田さんは、リスナーの方からのお悩み相談のコーナーで出ていただきました。歌うときは圧倒的な迫力なのに、しゃべり始めたら隣のお姉さんみたいに気さくなのが濱田さん。そのギャップが大きな魅力です。きっと周りから相談されやすいタイプだろうと思い、お願いしました。実際、すごく真剣に応えてくれて、お客さんも濱田さんのまた違った一面を見られたのではないでしょうか。ふだん番組をやっているスタジオの空気感を、コンサート会場でも感じていただけたと思います。濱田さんは、コントも大好き。別のコーナーで『ライオンキング』で演じていたナラのお面をつけて舞台に出てきたときも、なんだかうれしそうでした。

坂元さんと濱田さんは、劇団四季時代に『ライオンキング』で共演していたので、久しぶりに『愛を感じて』をデュエットしてくれました。僕と斉藤さんは、客席から2人の歌を聴かせていただきましたが、圧巻でした。客席から舞台を見るのも新鮮な体験でした。
斉藤さんと僕は、『レ・ミゼラブル』から『対決』を歌いました。最初は斉藤さんがポケットからピンクのハンカチを出して汗をぬぐうのですが、よく見ると、それはピンクの女性用パンツ。「なんでパンツを持ってるんですか」と僕が斉藤さんを問い詰めると、「貧しい妹のために盗んだものだ」というやりとりになって、いつの間にか、貧しさから一切れのパンを盗んだために投獄された主人公を描くミュージカル『レ・ミゼラブル』の世界になり、斉藤さんがジャン・バルジャン、僕がジャベールの役で『対決』を歌うという流れです。

このコントはすごくうまくいったと思っています。普通にしゃべっているうちに、おかしなことが起こり始めて、気がついたら歌になっているという流れが理想的でした。新境地というか、こういうことがやりたかったんだ、とあらためて気づきました。
斉藤さんとは、テレビのバラエティー番組や『リトル・マーメイド』イン・コンサートでご一緒しています。お笑いをやっていて、演劇やミュージカルにも明るく、構成をやってくれた俳優仲間の安倍康律君の学校の後輩という縁もあり、ゲストにお呼びしました。面白くしてくれるとは思っていましたが、思った以上でした。真面目な方で、歌もちゃんと準備してきてくれて、完璧でした。いい声をしていて、歌い出したら客席から大歓声があがりました。お客さまも驚いたと思います。
お笑いの斉藤さんがトークの相手だと、僕も安心してボケたりつっこんだりできます。常に会話にアンテナをはっていて、大きなリアクションを返してくれるから、気持ちいいくらい。俳優の人が相手だと、僕はつっこみ役が多いのですが、斉藤さんにつっこむと倍返しをしてきます。僕も負けないようにテンションを上げて、声を張らないといけないので大変。でも、それも面白く、貴重な経験でした。
今回のゲストは、坂元さんも濱田さんも百戦錬磨で、気心の知れている先輩。よい意味で遠慮がないというか、「これやってください」「あれやってください」とお願いできたし、斉藤さんはお笑いの本職なので、全体に笑いの要素が濃くなったかもしれないですね。僕は本当に、やりたいことを好きにやったという感じです。
■予定調和で終わらないのがライブ

もちろん、歌もしっかり歌いましたよ。構成の1部がポップス、2部がミュージカルの曲というのは前回までと同じですが、曲目は半分くらい違っています。アンコールでは、ゴスペルのクワイア(聖歌隊)としてThe Voices of Japanの皆さんを迎え、一緒に『オー・ハッピー・デイ』や『ジョイフル・ジョイフル』をメドレーで歌いました。派手なフィナーレになったと思います。ただライブ・ビューイングの上映時間を過ぎてしまい、全国の会場の方々にアンコールをお見せできなかったことが、とても残念でした。
18時30分に開演して、終わったのが22時15分ごろ。10月と同じく、3時間の予定が3時間45分の長丁場になってしまいました。でも、予定調和で終わらないのがライブの醍醐味。最後はへとへとでしたが、すごく楽しかったし、やりきった感があります。「ものすごいライブだったなあ」というのが率直な感想です。
これも大貫祐一郎さんが音楽をつけてくれて、安倍君が構成をしてくれて、ディレクターの秋山瞬さんをはじめスタッフのみなさんに支えられ、そして番組のリスナーの方々、東京国際フォーラムや全国のライブ・ビューイング会場に足を運んでくださったお客さまの力があって、あれだけのことがやれたのだと思っています。ありがとうございました。
ぜひ、また来年も続けたいですね。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第36回は1月5日(土)の予定です。
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