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中国・清華大、STEM研究でトップ狙う(The Economist)

The Economist

清華大学は中国が国家として屈辱を受ける中で誕生した。1900年に起きた排外運動「義和団事件」の後に、この事件の賠償金を充てて創設された。今日、科学、技術、工学、数学の4分野(STEMと呼ぶ)の研究で覇を競い得る、中国が誇る代表的な大学になっている。

英オックスフォード大学のサイモン・マージンソン教授の調査によると、清華大発の論文は高い評価を得ている。2013~16年の間、数学・コンピューティング関連分野において被引用回数で上位1%に入る論文を、世界で最も多く執筆したのは同大の研究者たちだった。

STEM分野でも、被引用回数で上位10%に入る論文を、同大の研究者たちが世界で最も多く執筆した。STEM分野で被引用回数上位1%に入る論文の数では米マサチューセッツ工科大学(MIT)が依然としてトップだが、清華大が「5年以内に1位」になるだろうとマージンソン教授は話す。

清華大と北京大学は、欧米の研究大学をモデルにしている。両校は場所も近くにあり、英国のオックスフォード大学とケンブリッジ大学のようにライバル関係にある。清華大は伝統的・実務的な大学で、習近平(シー・ジンピン)国家主席や前任の胡錦濤氏など国の指導者を数多く出している。

一方、北京大は詩人、哲学者、反逆者のとりでだ。毛沢東は大学図書館に勤めていた。1989年に天安門広場で起きた抗議行動では同大が先頭に立った。

毛沢東が文化大革命を起こした60年代と70年代は、中国の他の大学と同様、両校も機能不全に陥った。紅衛兵内で対立していた複数の派閥が清華大を支配下に入れようと血まみれの闘争を繰り広げた。だが、両校とも立ち直りは早かった。清華大は持ち前の科学への熱意を生かし、中国を席巻した科学技術研究ブームを発展に結びつけた。

博士号授与数はMITの2倍

中国政府は95年以来、何十億ドルもの資金を費やして、中国トップの大学を世界に通用する水準に引き上げる政策に取り組んできた。その最初は、21世紀に通用するよう約100の大学に重点投資する「211工程」だった。

直近の政策は2015年に立ち上げた「世界一流大学・一流学科構築(双一流)」だ。有力大学および様々な教育研究機関を世界レベルに引き上げることを目標に置く。カギは資金にある。双一流が提供する資金を元に大学はトップクラスの研究に取り組む。さらに研究者に与えるインセンティブを賄う。

中国の研究者3人が昨年発表した調査によれば、論文に対して支払われる報酬は着実に上昇してきたという。南京大学が30年近く前に最初に支給した金額は25ドルだった。現在は、機関によって異なるものの、最高16万5000ドル(約1900万円)に達する。これはネイチャー誌が掲載する論文の場合で、平均的な研究者の年間給与の20倍に相当する。

この仕組みはうまく機能した。世界最大の抄録・引用カタログScopusが収録するSTEM分野の論文において、中国の研究者が執筆したものの割合は、00年の4%から16年には19%に増加。この割合は米国より大きい。

清華大は最高の研究者を集めている。規模が大きい方が高い評価を得るのに有利だ。これは中国そのものについてもいえる。博士課程の学生は研究活動を労働力の面で支えている。清華大は17年、1385人の研究者に博士号を授与した。これに対してMITが授与した人数は645人だった。

海外経験組が変革の旗振り役に

清華大が成功した理由は数だけではない。楊斌副総長は、「清華大が発展するための最も重要な転機」は、鄧小平がより多くの学生を海外に送り込むと発言した1978年だったと話す。鄧小平は「我々は何万人も送る必要がある。これは科学教育のレベルを向上させるカギの一つだ」と語った。

帰国する学生がほとんどいないのではと担当者は心配したが、鄧小平は十分な数が帰ってくると主張した。彼が正しかった。

それから40年、清華大をはじめとする中国トップの大学はその恩恵を享受している。高度な訓練を受けた研究者が帰国する勢いは増すばかりだ。政府は帰国を促す資金を投じ続けている。

清華大は米国の大学が提供する最高水準には及ばないものの、ドル換算で6桁台の給与を支給する。若い研究者は自分の文化の中で子供を育てる機会を手にできる。

清華大の銭穎一・経済経営学部長と施一公・生命科学部長は、同校を変革した海外経験組の中でスター的存在だ。銭氏は米国の大学、コロンビア、イエール、ハーバード、スタンフォード、カリフォルニア大学バークレー校を経て現職に就いた。施氏も同じくジョンズ・ホプキンスとプリンストンで過ごした経験を持つ。

楊氏は「これらの知識人は、清華大の風土を変え、水準を高める上で非常に重要な役割を果たした」と語る。

スタッフの人事管理における改革も効果があった。銭氏は2012年、学部長として米国式のテニュアトラック制を導入した。それまでの制度は人脈や学内派閥の影響を強く受けた。新制度では、研究者はまず6年のあいだ研究に取り組む。大学は、彼らの実績を主に研究論文の執筆実績に基づいて評価する。その後、終身制で採用するか、解雇するかを決める。

この方式は大学内の他の学部にも拡大した。この結果、「学内の研究者はとてもよく働く。電灯は一晩中ともり、週末も休むことがない」(楊氏)。主要な学術誌に論文を掲載してもらうためだ。

なぜノーベル賞を受賞できないか

こうした努力によって、清華大のランキングは驚異的な速度で上昇した。数学とコンピューティング研究分野で同大のランキングは、06~09年には66位だったが、現在はトップに立つ。

ただし、清華大が進む方向について、特にエンジニアの間で懸念がある。エンジニアは、かつて同大において最も力を持っていた。彼らが身につけた応用力は中国が近代化を進める上で重要な役割を果たしてきた。だが、最先端の理論研究は相対的に少なく、新しい制度の下で不遇をかこっている。

エンジニアらは、資金調達や昇進で苦労していると不満を漏らす。研究に重点を置くあまり、彼らが社会にもたらした貢献が評価されていないという。

他方、清華大はまだ十分に最先端とは言えないと懸念する者もいる。楊氏は「多くの日本人がノーベル賞を受賞している。なぜ中国人は獲得できないのかという声もある」と語る。大陸中国の研究者が科学分野で受賞したのは1回だけ。1970年代に抗マラリア薬を発見した屠●●(くちへんに幼、ト・ユウユウ)氏だけだ。日本人は23人、米国人は282人が受賞している。

楊氏は、論文執筆のプレッシャーが問題だと指摘する。「論文の執筆は、短期的な成果を出すにはいいが、本当に大きな型破りの研究に果たす役割はそれほどでもない。他者に追随するだけで、起業家的な意識が足りない人が多すぎる。新たな分野を切り開け。同僚の思惑なんて気にするな。キャリアをかけて勝負しろと言いたい」

大きい言葉のハンディ

着実な歩みではなく斬新な思考を研究者に求めるならば、研究者のやる気を促す仕組みを変えることになる。

さらに、中国の大学は自然科学分野のランキングでまい進する一方、社会科学の世界ではなかなか大きな成功を収められそうもない。問題の一つは言語だ。世界有数の学術誌はすべて英語で出版されている。自然科学の分野ではさほどではないが、社会科学者にとっては大きな問題だ。前者は記号で意思の疎通ができる。後者は言葉の比重がずっと重い。

清華大教育学部のある研究者は、中国の社会科学者たちは自分たちの優れた見解が翻訳しにくいことに不満を持っていると指摘する。「英語の学術誌に論文を執筆することは、西洋が定めた試験で競争するようなものだ」という嘆きの声が上がる。

表現の自由への制約が、大学においてもいよいよ強く感じられるようになってきた。これも、STEM分野における中国の成功が他の分野に広がらない理由だ。中国政府は2013年、国内の大学に対し、触れてはいけない7つの「聖域」を示した。普遍的価値、司法の独立、共産党が犯した過去の過ち──などだ。

米ハーバード大学で中国研究に取り組むウィリアム・カービー教授は「優れた大学には、口にしてはならないことなど一つとしてない。まして7つなんてとんでもない」と指摘する。

(c) 2018 The Economist Newspaper Limited.

Nov. 17-23, 2018. All rights reserved.

この英エコノミスト誌の記事は、日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。

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