2018年12月13日(木)

中国・清華大、STEM研究でトップ狙う(The Economist)

中国・台湾
The Economist
(1/2ページ)
2018/11/30 5:50
保存
共有
印刷
その他

The Economist

清華大学は中国が国家として屈辱を受ける中で誕生した。1900年に起きた排外運動「義和団事件」の後に、この事件の賠償金を充てて創設された。今日、科学、技術、工学、数学の4分野(STEMと呼ぶ)の研究で覇を競い得る、中国が誇る代表的な大学になっている。

英オックスフォード大学のサイモン・マージンソン教授の調査によると、清華大発の論文は高い評価を得ている。2013~16年の間、数学・コンピューティング関連分野において被引用回数で上位1%に入る論文を、世界で最も多く執筆したのは同大の研究者たちだった。

精華大は科学、技術、工学、数学の4分野で論文が高評価を得ているが、最先端の理論研究は相対的に少ない=AP

精華大は科学、技術、工学、数学の4分野で論文が高評価を得ているが、最先端の理論研究は相対的に少ない=AP

STEM分野でも、被引用回数で上位10%に入る論文を、同大の研究者たちが世界で最も多く執筆した。STEM分野で被引用回数上位1%に入る論文の数では米マサチューセッツ工科大学(MIT)が依然としてトップだが、清華大が「5年以内に1位」になるだろうとマージンソン教授は話す。

清華大と北京大学は、欧米の研究大学をモデルにしている。両校は場所も近くにあり、英国のオックスフォード大学とケンブリッジ大学のようにライバル関係にある。清華大は伝統的・実務的な大学で、習近平(シー・ジンピン)国家主席や前任の胡錦濤氏など国の指導者を数多く出している。

一方、北京大は詩人、哲学者、反逆者のとりでだ。毛沢東は大学図書館に勤めていた。1989年に天安門広場で起きた抗議行動では同大が先頭に立った。

毛沢東が文化大革命を起こした60年代と70年代は、中国の他の大学と同様、両校も機能不全に陥った。紅衛兵内で対立していた複数の派閥が清華大を支配下に入れようと血まみれの闘争を繰り広げた。だが、両校とも立ち直りは早かった。清華大は持ち前の科学への熱意を生かし、中国を席巻した科学技術研究ブームを発展に結びつけた。

■博士号授与数はMITの2倍

中国政府は95年以来、何十億ドルもの資金を費やして、中国トップの大学を世界に通用する水準に引き上げる政策に取り組んできた。その最初は、21世紀に通用するよう約100の大学に重点投資する「211工程」だった。

直近の政策は2015年に立ち上げた「世界一流大学・一流学科構築(双一流)」だ。有力大学および様々な教育研究機関を世界レベルに引き上げることを目標に置く。カギは資金にある。双一流が提供する資金を元に大学はトップクラスの研究に取り組む。さらに研究者に与えるインセンティブを賄う。

中国の研究者3人が昨年発表した調査によれば、論文に対して支払われる報酬は着実に上昇してきたという。南京大学が30年近く前に最初に支給した金額は25ドルだった。現在は、機関によって異なるものの、最高16万5000ドル(約1900万円)に達する。これはネイチャー誌が掲載する論文の場合で、平均的な研究者の年間給与の20倍に相当する。

この仕組みはうまく機能した。世界最大の抄録・引用カタログScopusが収録するSTEM分野の論文において、中国の研究者が執筆したものの割合は、00年の4%から16年には19%に増加。この割合は米国より大きい。

清華大は最高の研究者を集めている。規模が大きい方が高い評価を得るのに有利だ。これは中国そのものについてもいえる。博士課程の学生は研究活動を労働力の面で支えている。清華大は17年、1385人の研究者に博士号を授与した。これに対してMITが授与した人数は645人だった。

■海外経験組が変革の旗振り役に

清華大が成功した理由は数だけではない。楊斌副総長は、「清華大が発展するための最も重要な転機」は、鄧小平がより多くの学生を海外に送り込むと発言した1978年だったと話す。鄧小平は「我々は何万人も送る必要がある。これは科学教育のレベルを向上させるカギの一つだ」と語った。

帰国する学生がほとんどいないのではと担当者は心配したが、鄧小平は十分な数が帰ってくると主張した。彼が正しかった。

それから40年、清華大をはじめとする中国トップの大学はその恩恵を享受している。高度な訓練を受けた研究者が帰国する勢いは増すばかりだ。政府は帰国を促す資金を投じ続けている。

  • 1
  • 2
  • 次へ
保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報