ブラシに革命? 猫の舌と毛づくろいの秘密が解明

ネコは、昼寝をするのと同じくらい、自分の身だしなみを整えるのが大好きだ。起きている時間の4分の1を毛づくろいに費やし、実際にいつもきれいにしている。彼らはなぜ毛づくろいが得意なのだろうか。
2018年11月19日付けの学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された論文によると、ネコの舌にある突起はスコップのように湾曲し、その間に唾液がたまるようになっているという。「糸状乳頭(しじょうにゅうとう)」と呼ばれるこの微小な突起のおかげで、ネコは大量の唾液を口から毛皮まで送り届けることができる。これには毛を清潔にして整えるだけでなく、唾液が蒸発する際に体温を下げる効果もある。
「ネコの舌は非常に高性能の櫛のような働きをします」と、米ジョージア工科大学の生体工学者で、論文の著者の1人であるデビッド・フー氏は言う。
今回の研究では、ネコが自分の体を清潔に保つ仕組みが判明したほか、新たな毛づくろい用ブラシも開発された。ネコの舌にあるものと同じような、柔軟性のある短い突起が並ぶいわば「猫舌ブラシ」の試作品は、人間やネコの抜け毛を容易に取り除くことができるほか、ブラシについた毛も指で軽く払うだけで落とせる。さらには、余計な猫のフケを取り除くことによって、人間のネコアレルギーを弱めることも期待できるという。
ピューマ、ユキヒョウ、トラ、ライオンも
フー氏の研究室の博士課程の学生であるアレクシス・ノエル氏がネコの毛づくろいに興味を持ったきっかけは、自分の飼いネコがマイクロファイバーの毛布をなめているとき、舌が繰り返しその表面に引っかかるのに気づいたことだった。
ネコの舌は糸状乳頭という鋭い突起に覆われており、これがザラザラとしたヤスリのような質感を生み出す。この突起が毛布に引っかかっていたわけだ。ノエル氏はフー氏とともに、絡まった毛布の繊維(や自分の毛)をとかすのに、糸状乳頭が適している理由をくわしく探ることにした。
研究を始めるにあたり、まずはネコの舌が必要だった。亡くなったイエネコのサンプルを入手するのは難しくなかったものの、野生のネコ科動物となるとそうはいかなかった。
何カ月にもわたり動物園や動物保護施設に連絡を入れ続けた末に、フー氏とノエル氏は、ついに十分な数の舌のサンプルを入手した。ネコ科動物6種――イエネコ、ボブキャット、ピューマ、ユキヒョウ、トラ、ライオン――の舌のサンプルを、彼らはマイクロCTスキャナーにかけてくわしく調べた。1982年に発表されたある論文では、ネコの糸状乳頭は空洞の円錐形とされていたが、より新しい技術を用いることによって、実際には円錐は喉の方向に湾曲していることが判明した。

大した違いではないように聞こえるかもしれないが、実際には大違いだとフー氏は言う。湾曲した形状のおかげで、この突起は表面張力による毛細管現象によって唾液を吸い上げる。こうした現象は、空洞の円錐では起こらない。
「これほど小さなスケールにおいて、こうした差異は大きな意味を持ちます」とフー氏は言う。
糸状乳頭のひとつひとつが吸い上げられる量はごく小さな水滴程度(4.1マイクロリットル)に過ぎないが、1日かければ、イエネコの舌は平均で48ミリリットル(コップの5分の1程度)の唾液を毛皮に届けられる。
ペルシャ猫は唯一の例外
今回の研究ではまた、糸状乳頭の向きが固定されていないことも確認された。短毛のイエネコ3匹の毛づくろいを撮影したハイスピード動画では、ネコの舌が毛玉に触れたとき、糸状乳頭がいったん逃げるように回転する様子が観察できる。この回転が戻ろうとする力のおかげで、突起は毛のもつれのさらに奥へと入り込む力を得て、毛玉を解消していく。
この柔軟性こそが、糸状乳頭のような短い突起が、長い毛がまばらに伸びている外側の層だけでなく、柔らかい毛が密生している皮膚に近い下毛の汚れまでを取り除く鍵となっていると、フー氏は言う。フー氏らが計測したところによると、毛づくろいの際に舌が与える比較的軽い圧力でも、すべてのネコ科動物は、毛皮の下の皮膚まで清潔にできることがわかった。ただし唯一の例外は毛の長いペルシャ猫で、彼らの毛のもつれを防ぐには、日々のブラッシングが欠かせないという。
しかし、ネコたちがこれほど熱心に毛皮をなめるのは、単に身だしなみのためだけではない。熱探知カメラを通して観察したところ、ネコの毛づくろいには体温を下げる効果があり、唾液が蒸発することによって、皮膚の表面と毛皮の外側との間で最大16℃ほどの冷却効果があることが確かめられた。

効果が高くお手入れも楽な猫舌ブラシ
ネコが体を清潔に保つ仕組みを解明した後、エンジニアであるフー氏は、この研究をさらに一歩進めることにした。自分の子供たちの頭にシラミがわいたとき、フー氏は薬局でシラミの卵の除去に適したブラシを手に入れるのに何時間も費やした。そして、子供たちの髪をすいてシラミを最後の1匹まで取り尽くした。インターネットで調べてみると、くしはどうやら数千年前からほとんど変わっていないらしいと知ったフー氏とノエル氏は、ネコの舌が、よりすぐれたくしを開発するヒントになるのではないかと考えた。
そこで2人はシリコーン樹脂を使い、3Dプリンターで指を2本並べた程度の大きさのブラシを試作した。ブラシ自体の毛は、ネコの糸状乳頭をそのまま拡大した形にした。この猫舌ブラシと普通のヘアブラシを使って、ナイロン製の人造毛皮の毛玉をどれだけ解消できるかを比較したところ、猫舌ブラシを使ったときの方が、普通のブラシよりも小さい力でより多くの毛玉が解消された。また通常のブラシであれば、絡みついた抜け毛をブラシから取り除くのに嫌になるほど時間がかかるのに対し、猫舌ブラシの場合、指で軽く払うだけで抜け毛が取れることもわかった。
こうした特性は、おそらくネコ用のブラシにも適していると考えられる。ネコの中には、現在市場に出回っているようなブラシを嫌うものもいるが、柔らかい猫舌ブラシでネコ自身の毛づくろいに近い感覚を生み出せば、ブラッシングがさほど嫌でなくなる子もいるだろう。
すでに猫舌ブラシの特許の申請を済ませているフー氏とノエル氏は、このブラシは毛づくろいだけでなく、ネコの毛を剃らずにクリームやローションを皮膚に塗ったり、さらには布の繊維を整えたりするのにも活用できると考えている。
ただでさえ人気者のネコだが、猫舌ブラシを手にすれば、もはや世界を支配してしまうかもしれない。
(文 CARRIE ARNOLD、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年11月22日付]
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