本×宿で浸る非日常 ブックホテルでお好みセレクト

新しい本と出会い、その本を読みながら眠りに落ちる――。様々なジャンルの本であふれた宿泊施設「ブックホテル」が注目を集めている。時を忘れて自分だけの本の世界に没入したり、本を通して他の宿泊客と交流したり、それぞれの楽しみ方がある。
図書館に泊まっているよう
神奈川県箱根町のブックホテル「箱根本箱」。「図書館に泊まっているようで楽しい」と笑顔を見せるのは、千葉県から訪れた会社員の成嶋俊理さん(27)。旅行雑誌で見つけて興味を持ち、宿泊は初めてという。
普段は写真集やエッセーを好む成嶋さんが見つけた本は愛媛県八幡浜市が出版した「真穴みかん」。みかんの持つ魅力や栽培に携わる人々の暮らしを伝える写真集だ。
箱根本箱は、雑誌「自遊人」を刊行する自遊人(新潟県南魚沼市)が監修・運営する「泊まれる本屋」だ。書籍流通大手の日本出版販売(日販)の保養所「あしかり」を改修し、8月に開業した。
箱根本箱の特徴は約1万2000冊の蔵書。気に入った本は購入することもできる。本選びは、書籍を使ったイベントを企画する日販のYOURS BOOK STOREチームが担当。箱根本箱の窪田美穂支配人は「衣・食・住・遊・休・知のテーマを中心に幅広いジャンルの本をそろえた」と話す。小説家や俳優といった著名人37人がセレクトした「あの人の本箱」のコーナーもある。
読書環境にはこだわった。1、2階にラウンジがあるほか、隠れ家のような個室もある。本棚の中に設置された椅子や読書スペースもあり、「非日常的な読書の時間を楽しめる」(窪田支配人)。一人で静かに本を読む人が多く、グループで訪れた客たちもそれぞれ読書に没頭しているという。
リゾート気分の演出も忘れていない。18ある客室には温泉露天風呂を完備。ハンモックや和室のある部屋もある。大浴場では近隣の強羅温泉の源泉から引いた湯が楽しめ、併設レストランではオーガニックな食材を使った自然派のイタリア料理を提供する。
「泊まれる本屋」の先駆けとなったのが、不動産仲介のアールストア(東京・品川)が手掛けるホステル「BOOK AND BED TOKYO」だ。2015年11月に東京・池袋に1号店を開業し、6号店が開店目前だ。
東京都新宿区に5月にオープンした新宿店のラウンジに入ると、部屋の幅ほどある巨大な階段状の本棚が目につく。舞台のような作りになっていて、本棚の上を歩きながら本を見つける楽しみがある。

館内の本約2500冊の選択は、東京・渋谷にある本のセレクトショップ「シブヤパブリッシング&ブックセラーズ」に依頼している。販売はしていないが、本はどれでも客室に持ち込める。「好きな本を読みながら眠りに落ちる幸せを体験できる」と、同社の力丸聡新規事業部長は特徴を説明する。「住まいが近くにあったとしても泊まりに来たくなる非日常」を意識していて、実際に約3分の1が近場からの利用客だという。
本と旅は相性良く
新宿店には、本棚の中に寝室が埋め込まれたようなタイプを中心に客室が55ある。宿泊をせずに昼間に利用することや、併設カフェのみの利用も可能だ。曜日や部屋のタイプによって異なるが、宿泊料金は1泊5300円からと手ごろだ。客室の稼働率は年間9割を超え、外国人訪日客の利用も多い。
一方、2月に名古屋市中区に開業した「ランプライトブックスホテル名古屋」は、出張のビジネスパーソンが気軽に泊まれるブックホテルだ。運営はソラーレホテルズアンドリゾーツ(東京・港)で、1階の24時間営業のブックカフェでは「旅」と「ミステリー」のジャンルを中心に約3000冊を販売している。申告すれば購入せずに1冊を客室に持ち込める。
同社広報担当の増井香織氏は「旅と本は相性がいい」と話す。最近は電子書籍を持ち歩く人も多くなっているが、「ここではアナログの本に触れる心の余裕を持ってほしい」という。仕事で遅くなっても、本を片手にほっと一息つける空間を提供する。
昨今の出版不況により、書店は変化を迫られている。「本」と「宿」をかけ合わせた非日常的な空間を提供するブックホテルは、新しい形の本屋として注目されそうだ。
(企業報道部 北戸明良)
[日本経済新聞夕刊2018年11月24日付]
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