花火老舗に大手デベロッパー 実力派跡取り娘が新風

家業を父から継ぐ女性経営者の活躍が広がりつつある。将来は後継者になるという意識を持ち、専門知識を積極的に身に付けた実力派の跡取り娘が目立つ。男性中心の業界に新しい風を吹き込み、変革や成長を加速する力として期待が高まる。
花火で博士号・経営工学学ぶ
「危険を伴う花火の打ち上げ現場を仕切る姿を目にして、父のようになりたいと思った」。宗家花火鍵屋(東京・江戸川)15代目、天野安喜子さん(48)は話す。14代目の修さんの次女で、早くから各地の花火大会へと足を運んだ。「他の仕事をしたいと考えたことはない」
1993年に日本大学を卒業。その後2年間、他社で花火製造の修業を積んだ。2003年には母校の大学院で芸術としての花火の研究を開始。博士号まで取得した。「花火の質とイベントとしての演出の力を高める」ためだ。
花火大会では100人近くの職人を束ねる。30代までは自分の意見を通そうとしすぎるあまり、男性ばかりの職人とうまく意思疎通ができず悩んだ。40代になって相手の気持ちを理解し信頼を深めようと努めるうち、助けてもらえるようになったと振り返る。
幼少期から柔道に打ち込み、六段の腕前。国際柔道連盟審判員の資格も持ち、08年の北京五輪では日本人女性で初めて審判を務めた。「花火職人と柔道家の二足のわらじを履いている意識はないが、精神面や体力面ではプラス」。高校生の一人娘も「16代目になる」と話しており、自身の力になっている。
「経営が安定している今こそ、やらないといけない」。九州の定番アイス「ブラックモンブラン」を手掛ける竹下製菓(佐賀県小城市)社長の竹下真由さん(37)は菓子と冷菓の生産ラインを刷新する決断を下した。16年に父で会長の敏昭さんから引き継いで初めて、大型の設備投資に踏み切る心境をこう語る。
一人娘の竹下さんは会社経営を学ぶため大学院では経営工学を修めた。また経営コンサルティングのアクセンチュアを経て、11年に家業に。社長になって商品化した菓子「ブラックモンブランクランチチョコレートバー」は土産需要を掘り起こす。
社長就任当初は「経営の最終判断を下し、従業員を守る責任の重さが胸に響く。気持ちを落ち着かせるため(ブラックモンブランを開発した)祖父の仏壇に向かう回数が増えた」と話していた。それから2年あまりが過ぎ、攻めの経営姿勢を強める竹下さんを、アクセンチュアの同僚だった夫で副社長の雅崇さんが支える。家業の経営と3児の子育てはまさに二人三脚だ。
女性社長の就任経緯、50%は同族承継
「グレイスワイン」で知られる中央葡萄酒(山梨県甲州市)。取締役栽培醸造部長を務める三沢彩奈さん(38)は社長である茂計さんの長女で、手掛けたワインが海外のコンクールで受賞を重ねる。

継ぐ覚悟が固まったのは大学時代。父と訪れたマレーシアのホテルで、ある外国人夫妻が自社のワインを毎晩楽しんでくれていると聞き、感動したからだ。入社後、仏ボルドー大学に留学し、南アフリカの大学院でもワインを学んだ。チリやオーストラリアなど各国でブドウ栽培や醸造の修業を積んだ。
「日本のワインの評価がまだ低かった時代から、信念をもって仕事をしてきた父と同じ職業に就くのがうれしかった」。父の反対を押し切って完成させた同社初のスパークリングワインはいまや、入手困難な人気商品になっている。「心に残るワインをつくる」ため、技術と情熱を受け継ぐ。
大手企業で満を持してトップに就いた女性経営者がいる。森トラスト社長の伊達美和子さん(47)だ。父で会長の章さんから16年に任された。
「父が家で仕事の話をよくしてくれたから、興味をもった」と伊達さんはいう。章会長の長女で兄も2人いるが、「父はやりたいと思うなら男女の差は考えないと言うので、やる気になった」。慶応義塾大学在学中、手始めに宅地建物取引士の資格を取ったほか、大学院で建築や都市計画などを学んだ。長銀総合研究所を経て98年に入社した。
日本有数の不動産会社に育てた父から成功や失敗の経験を聞き続けてきた強みを持つ伊達さんは専務などを経験しトップに。就任直後、27年度までに最大8000億円を不動産開発に投じる中期経営計画を発表した。「プレッシャーよりもチャレンジできる楽しさを感じる」
企業の後継者問題が深刻さを増す中で、家業を娘が継ぐ例は珍しいことではなくなりつつある。帝国データバンクが約120万社を対象に調べたところ、18年4月末時点で女性社長の割合は8%弱で、30年前の88年の4%強からするとほぼ倍増している。女性社長の就任経緯は50%超が同族承継で、この比率は男性だと38%あまりだ。
昭和女子大学は10月、女性事業継承者育成プログラム「"跡取り娘"人材育成コース」を開設。半年かけてファミリービジネスに関するスキルを教える。熊平美香キャリアカレッジ学院長は「女性がトップであることに支障はなくなった。女性経営者がやりたいことができるよう学びの面で支援を充実させていく必要がある」と指摘する。
円滑な承継へ興味刺激 ~取材を終えて~
娘への代替わりがうまくいったケースでは、幼少時代から良好な親子関係を築き、自然と家業に興味をもたせることに父が自覚的であったと感じさせられる。今回取材した4人の女性後継者からは家業に入るよう直接言われたことはなかったと聞いた。
家業を継ぐに際して、男だからとか女だからということは本来、関係ないはず。ただ、技術を磨き情熱を高める実力派の跡取り娘のロールモデルがまだ少ないのは事実。多様な女性経営者が活躍すれば、家業を継いだり、起業したりする女性が増え、働き方の幅も広がる可能性がありそうだ。(田中浩司)
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