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需要減や規制強化で四面楚歌(そか)の化学業界(The Economist)

The Economist

米国の陪審は民事裁判で巨額の賠償金の支払いを命じることで知られる。カリフォルニア州の陪審は2002年、米たばこ大手のフィリップ・モリス・インターナショナルに対し、あるヘビースモーカーのがんの原因になったとして280億ドルもの賠償金を支払うよう評決を下した。もっとも、その後の判決で賠償額は2800万ドルに下がった。このため、同州の陪審が今年8月、米種子大手モンサントに対し、学校の用務員だったドウェイン・ジョンソンさんに2億8900万ドルの賠償を命じる評決を下しても、2カ月前にモンサントの買収を完了した医薬・農薬大手の独バイエルは、心配は無用だと株主に説明した。ジョンソンさんはグリホサートを主成分とする除草剤「ラウンドアップ」のせいで末期がんになったと主張。モンサントは陪審が「論理的根拠に乏しいニセ科学」に基づく評決だとして、この判断は覆されるとタカをくくっていた。

ところが裁判所は10月、陪審が認定した事実を追認した。賠償金は減額されたが、なお7850万ドルに上った。バイエルは11月13日、同様の訴訟が9300件に達していることを認めた。賠償総額が数百億ドルに膨れ上がる可能性は明らかだ。

バイエルは依然としてラウンドアップとがんとの関連を完全に否定しており、同社のヴェルナー・バウマン社長は「徹底的に」争う構えだ。だが、ジョンソンさんの弁護人ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏は、自分たちは勝ち続けると確信している。「モンサントの頭痛の種になり、バイエルの毒薬になるほど勝ってみせる」と。ラウンドアップ関連商品は、モンサントの営業利益の7割を稼ぎ出す。最初の判決以来、バイエルの株価は下がり、時価総額は270億ユーロ吹き飛んだ。

評決は化学業界全体に波紋を広げている。独BASFや米ダウ・デュポンなど他の農業用殺虫剤大手のグリホサートへの依存度は低いが、バイエルと同様に株価が下落している。投資家は化学品への反動に神経をとがらせている。化学品業界の農薬部門の年間売上高は3800億ドル、石油化学品は同8000億ドルに上る。

中国企業の台頭で競争激化

化学品業界にとってこの20年間は黄金時代だった。2000~15年の株主の投資収益率は300%と、全業種の企業の3倍だ。中国での消費拡大により、化学製品の需要の伸びは国内総生産(GDP)のそれを上回った。企業の合併が進み、特に農薬分野での価格競争が減った。貿易障壁の撤廃で、各社は低コスト地域に生産拠点を移管できた。

だが、米コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーのフロリアン・バッド氏は、潮目が変わったと指摘する。消費者がプラスチック使用量の少ない高級品やサービスへの志向を強めているため、中国での需要は減速する可能性が高い。中国政府は化学品の国産化だけでなく、化学企業の海外進出も図っており、これが価格下落圧力となっている。例えば昨年、スイスの農薬大手シンジェンタを430億ドルで買収した中国化工集団(ケムチャイナ)は、今やアフリカや中南米で、欧米大手から市場シェアを奪っている。米中の貿易戦争は業界のグローバルサプライチェーンに打撃を与え、コストの上昇を招く。

農薬、プラスチックの需要は減っていく

だが、業界は四面楚歌(そか)とも言うべき根本的異変を嗅ぎ取っている。19世紀に化学産業が誕生して以来、各社のトップは初めて、農薬から無数の製品に使われているプラスチックの長期的需要に懸念を感じはじめている。

「当局による規制」が強化されつつあるグリホサートはこうした懸念を象徴している。世界保健機関(WHO)が15年、この化合物を「発がん性の恐れがある」として以来、各国当局は規制を強めつつある。マクロン仏大統領は昨年、21年までに国内での使用を禁じると表明。ドイツも今月、使用を制限する方針を明らかにした。カナダ保健省は、根拠としていた科学調査にモンサントの息がかかっているとの環境団体からの指摘を受け、認可の見直しを進めている(モンサントはこれを否定している)。欧州連合(EU)が22年以降、グリホサートの認可を更新しないのではないかと各社は恐れている。各国の規制当局は家庭用プラスチック製品に使われている内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)「ビスフェノールA」の規制強化も検討している。

心配の種は規制当局だけではない。多くの国の消費者は、価格が高くても農薬をあまり、または全く使用していない食材を選ぶ意識を高めつつある。農家は農薬をピンポイントで散布したり、除草ロボットを活用したりする「精密」農法に切り替えている。独バーダー銀行のアナリスト、マーカス・メイヤー氏によると、バイエルの幹部らはこの動きで殺虫剤の使用量が今後10年で2~3割減ると恐れているという。

英新興企業スモールロボット・カンパニーのサム・ワトソン・ジョーンズ氏は、精密農業は「農業への考え方を一変させる」と期待する。同社は3台の小型自動ロボット「トム」「ディック」「ハリー」を開発中だ。このロボットを使えば、トラクターや飛行機で耕地全体に化学薬品を散布しなくても、必要な特定の植物だけにまくことが可能になり、化学品の使用量と二酸化炭素(CO2)排出量を最大95%削減できるという。

業界の激変を予見しているのは農薬の営業担当だけではない。石油化学品業界も、主な需要源である使い捨てプラスチックに対する批判の影響を受けている。英石油大手BPの主任エコノミスト、スペンサー・デール氏は、プラスチックの規制強化で40年には世界の石化製品の需要は約6分の1減るとみる。特に影響が大きいのは、中国の廃棄物に対する規制だ。中国政府は1月、他国からのプラスチックごみの輸入を禁止、スーパーのレジ袋の規制順守や課税も厳格化している。

デジタル農業が救世主になるかは疑問

化学大手各社の経営者はこうした動きの意味を十分認識している。対応しやすいのは農薬分野だ。デジタル化により、見境のない化学薬品の使用への消費者の懸念に対処し、新たな利益の流れを生む余地があるからだ。各社は農家にビッグデータや衛星画像、天候データの活用を助言するデジタル農業ツールを提供しようとしのぎを削っている。

この分野で先行するのは、米国ではモンサント傘下のクライメート・コーポレーションが開発したプラットフォーム「フィールドビュー」で、欧州ではBASFが手掛ける「ザルビオ」だ。バイエル幹部の間には、ラウンドアップが引き起こした事態がどれほど厄介でも、クライメートの技術を入手できただけでモンサント買収の価値があったとの見方がある。既に計6000万エーカーに上る米国の農地で使われているからだ。バイエルのデジタル農業部門の責任者マイク・スターン氏は、グリホサートが欧州で規制されても、データ活用による売上高増が化学薬品の売上高減を補えると主張する。

だが、この点は疑問が残る。モンサントがクライメートを10億ドル弱で買収して5年たつが、全売上高に占める割合はまだわずかだ。これは多くの新興技術企業のように、利益よりシェア獲得を重視しているためだとスターン氏は説明する。だが、精密農業用デジタルツールの販売では、米ディアなどの農機メーカーの方が化学メーカーよりも有利だとする指摘もある。

末期の非ホジキンリンパ腫を患うジョンソンさんは最初の評決を受け「この訴訟は私だけの問題に到底とどまらない」と訴えた。それは間違いではなかった。

(c) 2018 The Economist Newspaper Limited. Nov. 17, 2018. All rights reserved.

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