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言葉でたどるイチローの18年シーズン

スポーツライター 丹羽政善

何を残すのか。それは必ずしも、数字である必要はない。アスリートの言葉もまた、いつか歴史上の貴重な証言となり、道しるべとなる。

そのことを強く意識するイチローは2018年、キャンプも半ばに差し掛かった3月7日に古巣マリナーズに復帰したが、5月3日に選手登録を外れた。その間、およそ2カ月。短い期間ではあったが、それでも多くの金言を残した。

イチローは6シーズンぶりにマリナーズに復帰した=共同

イチローの18年シーズンを言葉でたどる。

3月7日、復帰記者会見。マリナーズのキャンプ施設に併設されている本球場のレストランに特設会見場が設けられ、イチローはそこへスーツ姿で現れると、喜びとともに複雑な思いを吐露した。

「いずれまたこのユニホームを着てプレーしたいという気持ちが心のどこかに常にあったんですけれど、それを自分から表現することはできませんでした。それは5年半前のことが常に頭にあったので、戻ってきてくれっていう言葉は僕の周りでたくさん聞いたんですけれども、それを僕は聞き流すことしかできなかったんですね。でも、こういう形でまたこのシアトルのユニホームを着てプレーする機会をいただいたこと、01年にメジャーリーグでプレーすることが決まったときとは全く違う感情が生まれました。とてもハッピーです」

12年7月、イチローはヤンキースにトレードで移籍した。あのとき、トレードを求めたのはイチローだった。故に、自分からは戻りたいとは言えなかった。こんなひと言も漏らしている。

「僕にはホームなのにホームでない。近いのにすごく遠く感じる存在になっていた。そこにある、当たり前のようにあったものは、まったくそうではない、特別なものであったことを、この5年半で感じています」

5年半で「耐性が強くなった」

では、その5年半でイチローはどう変わったのか。イチローは「耐性が強くなった」と言って続けた。

「いろいろなことを経験しました、この5年半。いろいろなことに耐える能力が明らかに強くなったと感じています。選手としての能力に関しては、今はそれが数字でわかる時代なのでみなさんの方がよくご存じだと思いますけれど、その点で明らかに5年前とは違うといえると思います」

いろいろなこと――。イチローは具体的に明かした。

「以前、マリナーズでプレーしていたときは、必ずラインアップに名前があった。(その場合)自分のルーティンを守ることはとても簡単というか、難しくなかったですけれども、ニューヨークに行ってからは球場にいかないと、その日プレーするかどうかわからない。ゲームが始まって、スターティングラインアップに名前がないとき、どこへ自分がいくのかっていうのはまったくわからない状態が続いていました。それが慣れてきたころに、なんとなくこう、こんな状況で自分はいくんだなぁとつかめるようになったんですけれども、見えないものといつも戦っている――そういう状態だったんですね。でも、それにもいつしか自分が対応できるようになって……。左ピッチャーがきたとき、代打の代打っていうこともありました。それは過去になかったことなんですけれども、そういう悔しい思いもたくさんしてきた5年半だったので、いろいろなことに耐えられるんじゃないかって思っています」

契約できないまま3月を迎えても、練習に集中できたのはそんな耐性があったからこそか。同時にイチローはそのころ、ある境地にたどり着いたという。

「心配してくれる声はたくさん聞いたんですけれど、僕自身の状態としては『泰然』とした状態であったと思います。なぜそうなったのかわからないですけれど、ただ、泰然という状態は自分がプレーヤーとしても人間としても常にそうでありたいという状態、目指すべき状態ではあったので、そういう自分に出会えたのはとてもうれしかったです」

4月7日のツインズ戦で、安打を放つイチロー=共同

さて、さっそく記者会見の翌日からチームの練習に合流したイチローだったが、1週間後に右ふくらはぎの張りを訴えて離脱。マイナーの試合で調整しているときには頭部に死球を受け、順調とはほど遠い状況で開幕を迎えた。

開幕の選手登録「心が動いた」

その開幕。調整の遅れから、故障者リストで迎えるのではないかという見方さえあった。だが前日の練習中、監督から直接メンバー入りを伝えられると、イチローの言葉を借りれば「心が動いた」という。

「なかなかこういう気持ちになることはない。ここまで我慢してくれて、最終的にこの判断をしてくれたことは、途中から入ってきてけがをして――という選手に対する扱いではないですからね、これは。当時、仰木(彬・オリックス)監督がそういう思いにさせてくれたんですけれど。20歳のときね、僕が。それに近い感覚がありますね、これは。この判断は……。びっくりしました」

故仰木監督と何があったのか。そのエピソードも披露している。

「これは結構知られている話ですが、福岡でチームが負けて、春の早い段階で。帰りのバスの中は負けたんで真っ暗なんですよね、空気が。まぁ、僕も同じように空気を読むじゃないですか。同じようにこう頭を下げていたら、監督がバスから降りてきて、『イチロー、お前、なに下を向いてんだ?』と言って、『ヒット1本、二塁打を打って、お前はそれでいいんだ』と。『勝ち負けは俺が責任を取るから。選手は自分のやることをちゃんとやれ』と言われたんです。20歳のときに。そのとき、この人のために頑張りたいというか、そういう思いが芽生えたんですよね。その当時はレギュラーで1年目のシーズンなんで、自分のことを考えてやるのが精いっぱいじゃないですか。当然ですよね。でも、チームのために頑張れというのではなくて、自分のために頑張れってなかなか言えることじゃないですよね。しかもこれからという選手に対して。それですごく心が動いた記憶が鮮明にあるんですよね。それとはもちろん、(きょうは)違いますけれど、心が動いたという意味では似てますよね」

ただ、5月2日の試合が18年は最後となる。1点を追う九回裏、1死一、二塁の好機で打席に入ったイチローだったが、空振り三振に終わり、それが今季の最終打席となった。

その翌日、イチローが選手登録から外れ、会長付特別補佐になることが発表されると、練習前に記者会見を行ったイチローはこう経緯を話し始めた。

「もっとも幸せな2カ月だった」

「この日がくるときは、僕はやめるときだと思ってました。その覚悟はありました。ただ、こういう提案がチームからあって、(契約が)決まってから2カ月弱ぐらいの時間でしたけれど、この時間は僕の18年の中でもっとも幸せな2カ月であったと思います。その上で、この短い時間でしたけれど、監督をはじめ、チームメート、これは相性もありましたけれど、大好きなチームメートになりました。もちろん大好きなチームですし、このチームがこの形を望んでいるのであれば、それが一番の彼らの助けになるということであれば、喜んで受けようというのが経緯です」

しかし、このことは決して引退を意味するものではないという。イチローは現役続行の意思を明確に示した。

「これが最後ではない、ということをお伝えする日」

さらに言葉を足している。

「なんか改めて決意表明するのもおかしな感じだけれど、ゲームに出られないので、これが来年の春に僕が240パウンド(約109キロ)になっていたら終わりですよ、それは。その可能性は低いと思うので、そうでなければ終わりではないと思います」

意外にも悲壮感はなかった。

「僕は、野球の研究者でいたいというか。自分が今44歳で、アスリートとしてこの先どうなっていくのかっていうのを見てみたい。それはプレーしていなかったとしても、毎日鍛錬を重ねることで、どうなれるのかということを見てみたいという興味が大きいので、それは変わらないと思うんですよね。それでチームと一緒に練習できるわけですから、それが続けられること、仮にこれで終わりだったとしても、僕、それを続けると思うんですよね。だから、喪失感みたいなものは、実はないんですよね」

その日からイチローは、試合が始まるとダッグアウトから消えることになる。試合はホームであれば、室内ケージに取り付けられたテレビモニターの前で、トレーニングをしながら見守った。

9月30日の最終戦の後、サービス監督(右)と言葉を交わした=USA TODAY

フィールドからその姿が消えておよそ5カ月後、イチローは9月30日のシーズン最終戦の後に今季をこう総括している。

「できることは全部やったので、そこそこ疲れています、はい。ちょっと休みたいかな。一日(が終わって)帰るときにはもうくたくたでというのは、その日の目標でしたから。それをようやく……。そこだけを見れば完遂したということになるでしょうね」

新たに学んだことも少なくなかったそうだ。

「プレーしながら自分がやろうとしたことを続けていくことは難しいことではないんですが、直接プレーに関わらないというか、試合に出られないですからね。それでも自分がやろうとしたことは、続けられる。これはこれまでなかったことなんで。まぁ、できるとは思っていましたけれどね。やっぱり、僕はそれを結果としてできることを実感したということですかね」

来季の復帰「言うまでもない」

来季復帰の意思に関しては、それを明確に肯定した。

「もちろんです。言うまでもないです」

今後おそらく、マリナーズはイチローとメジャー契約を交わすことになる。日本で19年3月に行われる開幕戦に出場することもすでに、ジェリー・ディポト・ゼネラルマネジャー(GM)が「そういうことになるだろう」と半ば、既定路線であることを認めている。

不透明なのはその先のシナリオだが、イチローはまた、道なき道を歩もうとしている。

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