若い世代も親近感 最新ラジカセを聞いてみた
「年の差30」最新AV機器探訪

若い音楽好きの間で人気になっているカセットテープ。「アーティストがリリースするカセットを買う機会が増えてきたが、きちんと再生できる機械は持っていない」という平成生まれのライターが、興味を持ったのは東芝から発売されたCDラジカセだった。カセット全盛期に育った昭和生まれのAV評論家と開発担当者を訪ね、製品開発の背景と実際の音を聞いてみた。
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レコード同様、アナログメディアとしてカセットテープが再評価されている。日本では奥田民生やくるり、銀杏BOYZなどが作品をカセットテープでリリースしており、海外ではテイラー・スウィフトやJay-Zといったベテランから気鋭のアーティストまで、毎週のように新しいカセットテープが発売されている(記事「人気再燃カセットテープ ノイズや面倒くささも新しい」参照)。
一方、これだけカセットテープが発売されていても、きちんと聞ける再生機器は少ない。カセットに記されているダウンロードコードを使ってデジタルデータを入手してスマートフォンで聞いている人も多く、中には「カセットは記念品」と割り切っている人もいるかもしれない。
そんな中、2018年3月、東芝エルイートレーディングから「カセットをハイレゾ相当の高音質で楽しめる」というCDラジカセ「TY-AK1」が発売された。
TY-AK1はどんな経緯で開発されたのか。昭和生まれのオーディオ評論家と、平成生まれのライターが話を聞き、実際にその音を聞いてきた。
メインターゲットはまだまだシニア層
小原由夫(54歳のオーディオ・ビジュアル評論家、以下、小原) 今日は東芝エルイートレーディングに来ています。
小沼理(26歳のライター、以下、小沼) 事前にホームページを見たのですが、東芝の中でもラジカセや、ラジオを担当している会社なんですね。
小原 現在市場では年間60万~70万台のラジカセが購入されていますが、そのうちの約半数が東芝の製品だそうです。中心は1万円以下の製品ということですが、今回はこちらが高音質のCDラジカセ、TY-AK1を発売したということでやってきました。商品企画を担当した事業統括部オーディオ事業部部長の堀越務さん、どうぞよろしくお願いします。
小沼 よろしくお願いします。カセットテープは僕と同世代くらいのインディーズアーティストがリリースすることも増えてきましたが、きちんと再生できる機器がなかったんですよね。そんな中での発売ということで、期待してやってきました。
堀越 そう言っていただいてありがたいのですが、実はまだ若い層のカセット人気は具体的な数字では把握できていないんです。だからTY-AK1も50代がメインターゲットです。
小沼 えっ……そうなんですか。
堀越 CDラジカセを購入したお客様にアンケートをしたところ、70パーセント以上が50代以上でした。
小沼 想像していた以上に年齢層が高いですね……。
小原 価格帯も安価なものが多いんですよね。
堀越 そうですね、1万円以下が主流です。
小原 では、どういった理由からTY-AK1の発売にいたったんでしょう?

堀越 CDラジカセの購入者にアンケートを取ってみたら、そのラジカセでCDを聞いている人がもっとも多く、カセットを聞いている人は約50パーセントでした。でも、カセットを持っている人は全体の95パーセントだったんです。
小原 つまり、半数はカセットを持っているのに聞いていないわけですか。
小沼 聞かないカセットを取っておいてあるんですね。
堀越 詳しく聞いてみると、まず聞かないのに持っている理由は「思い出だから」。若い頃の記憶にまつわる大切な品だから、捨てられないということですね。そして「聞くなら良い音で聞きたいから」という人が一定数いることもわかりました。
小沼 音にこだわる人が多かった、ということですか。
堀越 現在は市場も縮小していますが、70年代から80年代は活況で、立派なラジカセがたくさん出回っていましたから。「プレーヤーの音質も含めて思い出」という方は、現在のラジカセでは物足りないということですね。そうしてしっかりとカセットを聞けるラジカセとして開発されたのが、TY-AK1なんです。
小沼 売れゆきはどうですか?
堀越 好調です。じつは「TY-AK1」の発売から1ヵ月後の2018年4月に、Bluetooth対応でカセットデッキが搭載されていない「TY-AH1」を発売しているのですが、「TY-AK1」のほうが人気となっています。
小原 Bluetoothよりもカセットが再生できるほうが人気なんですか。
堀越 Bluetooth搭載モデルは競合機種も多いですが、「TY-AK1」のようなCDラジカセは他に例がない。そのことが、「TY-AK1」の人気につながっていると考えています。
他のラジカセとは一線を画す音のこだわり
小原 実はTY-AK1が発売される前に、東芝のテレビ「REGZA」の音声回路担当のエンジニアの桑原光孝氏が、この試作モデルを携えて僕のもとを訪ねてきたんですよ。彼とは付き合いが長いので、気軽にあれこれと意見をしたのですが、できあがった製品は初めて見ます。なかなか本格的なつくりといえますね。お、ハンドルがついているのか。

堀越 ラジカセの定義は色々ありますが、ハンドルがついて持ち運べることが定義の一つです。桑原にはこの前作であるハイレゾ対応CDラジオ「TY-AH1000」からご協力してもらっていますが、ハンドルがついているようなオーディオをハイレゾ化することに衝撃を受けていたようです(笑)。それでもすぐに必然性を理解してくれて、構造検討、スピーカ選定、全体のサウンドチューニングやアップコンのチューニングなど、音質にかかわる部分の協力をえながら製品化にたどりつきました。私たちとしても通常のラジカセ作りとはまったく違うノウハウに驚きの連続でした。
小原 通常のラジカセはカセットとスピーカーがついているだけですが、これはスピーカーボックスが独立している。ウーファーとツイーターも分かれていますし……。ちなみに、ハイレゾ対応というのは、カセットをハイレゾで聴けるということですか?

堀越 いえ、USB、SDカードを使ってハイレゾ音源を再生する時のことを意味しています。カセットテープをハイレゾで再生できるわけではありません。ただカセット音源を高音質化する「アップコンバート」という機能は搭載しました。

小原 ドルビーは入っていますか?
堀越 ドルビーは――
小沼 あの、すみません、ドルビーって映画館で見かけるあのドルビーですか? それとラジカセがどう関係するんでしょう。
小原 ドルビーを知らないとは、さすが平成世代ですね(笑)。これはカセットを録音する時のノイズリダクション・モードの話なんですよ。
堀越 ドルビーだと、ノイズが低減され、きれいな音で録音ができます。その代わり、再生する時も録音時と同じモードに設定して再生しないと、高域特性が変わってしまうんです。
小原 ドルビーはカセットのノイズリダクションが最初のヒット商品。映画館のサウンドシステムなどは、これを足掛かりに展開したものです。
小沼 全然知りませんでした。そんな経緯があったんですね。
堀越 ドルビーはTY-AK1には搭載されていません。ドルビーを機能させる回路が作れないんですよ。だけど新作のカセットを見ると、いまだにドルビーで録音している作品も見かけます。
昭和のカセットテープ=平成のMD?
小原 今日は僕が学生時代に録音した、1982年のYMOのライブ音源を持ってきました。これを聞いてみたいと思います。

小沼 ラベルも凝って描いてますね。
堀越 ライブがはじまる前のラジオのMCも入っているんですね。こういうところもエアチェックの良さですよね。
小原 当時のYMOのFMラジオ放送はよく録っていたんですよ。友人に見せたら「ブート版を作ったら一財産築けるんじゃないか」と言われました(笑)。ちょっとライブのパートまで早送りしましょうか。
小沼 デジタルとは違うやわらかい音なんだけど、細やかな音もしっかり再現していて、耳を奪われますね。
堀越 アップコンバートすると、また聞こえ方が違いますよ。
小沼 本当だ。ちょっとデータっぽい音になりますね。
小原 本格的なオーディオと比べるとチープですが、逆にそれが良い。本格的な装置で聞こうとすると、あのスイッチを入れて、こっちも入れて……とけっこう大変です。これはすぐに聞けて、かつ持ち運べるので、手軽に聞けますよね。
堀越 カセット特有のアナログさを残しながら、手軽に、かつしっかり音に向き合って聞けるのがポイントです。しかしエアチェックを聞いていると、なんだか当時の思い出がよみがえってきますね。こうした記憶装置としての一面も、カセットテープの魅力だと思います。
小原 小沼さんの世代では、何か記憶と結びついた装置ってないんですか?
小沼 しいていうならMDでしょうか。中学から高校1年生までは音楽を聞くといえばMDで、ポータブルMDプレーヤーをいつも持ち歩いていましたね。
堀越 今ではもうMDを再生できる機器はカセットテープ以上に少なくなってしまいましたね。
小原 そのMDは今どうなってるの?
小沼 箱に入れて、実家に置いてありますよ。もう再生環境もないですが、捨てられないですね……って、これが上の世代がカセットテープに感じているノスタルジーですか!
小原 気づいてしまいましたね(笑)。
小沼 なんだか親近感が湧いてきました。僕が小原さんの年齢になった時にこうして思い出に浸れるものってあるのかな……。かたちのないサブスクリプションが主流なのは、そういう意味ではちょっと寂しい気もします。
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取材の後、TY-AK1を自宅でも使ってみた。カセットテープは何本か持っているのだが、実はきちんと聞ける環境がなく、今回はじめて聞いたものもある。たいていのカセットはデータをダウンロードできるコードがついていたり、サブスプリクションでも配信されていて、カセットがなくても聞けたからだ。

まずはバンドのくるりが初回生産限定作品として2018年に発売したシングル「だいじなこと/忘れないように」を聞いてみる。サブスクリプションなどデータの音と違い、中音域が厚く聞こえる。あたたかみがあると言うとありきたりな表現だが、リビングで聞くと、音が部屋全体を包み込むようなやわらかさが心地よい。ボリュームを上げてもただ音が大きくなるだけのデジタル音源とは、この点が大きな違いだ。
また、現在の一般的なラジカセでは音が悪く、ボリュームを上げると粗が目立ってしまう。その意味でも、現行製品では貴重な存在だ。
味を占めて、気になっていたカセットも購入した。1991年生まれのシンガーソングライター、mei eharaによるミックステープだ。BEAMSで行われたグループ展のために作られたテープで、ダウンロードコードなどはない。映画「ロシュフォールの恋人たち」の「双子姉妹の歌」やキャロル・キングの「So Far Away」など、60~70年代の楽曲が収録され、カセットテープの音とよく合う。カセットテープは国内メジャーアーティストのリリースは限定的だが、インディーズシーンやこうしたイベントではしばしば見かける。

カセットテープをハイレゾ相当の音で聞くことができるという「アップコンバート」も試してみた。機能を使うと全体的に音がクリアになったように聞こえるが、デジタル音源に近い印象もする。アップコンバートなしのほうが、自分が思う「カセットテープらしい」音に感じた。このあたりはカセットテープに求めるものが世代によって異なるということもあるのかもしれない。
問題となるのが価格だ。TY-AK1は現時点で2万5000円前後。良い音で聞きたいシニア層や、カセットテープの愛好家はともかく、カセットテープのチープさを魅力ととらえている人や、少し気になっているだけという人にはハードルが高そうだ。
ただ、現時点でカセットテープをきちんと聴けるプレーヤーがないのも事実。たとえば、レコードであれば以前、この連載でも取り上げたION AUDIOの「Max LP」のように、1万円程度で買える安価なプレーヤーが人気を集めている(記事人気の「1万円」レコードプレーヤー 音質向上に挑戦参照)。このように1万円台の製品があれば、もっと気軽にカセットを楽しめるようになると感じた。

1964年生まれのオーディオ・ビジュアル評論家。自宅の30畳の視聴室に200インチのスクリーンを設置する一方で、6000枚以上のレコードを所持、アナログオーディオ再生にもこだわる。青春のラジオ番組は「ジェットストリーム」(FM東京)。もちろん城達也版。
小沼理
1992年生まれのライター・編集者。最近はSpotifyのプレイリストで新しい音楽を探し、Apple Musicで気に入ったアーティストを聴く二刀流。青春のラジオ番組は「SCHOOL OF LOCK!」(TOKYO-FM)と「OH MY RADIO!」(J-WAVE)。
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(文 小沼理=かみゆ)
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