2018年12月13日(木)

安田純平さん「批判は当然、でも紛争地取材は必要」

中東・アフリカ
2018/11/2 18:00
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内戦下のシリアで2015年に武装勢力に拘束されて10月に解放された日本人ジャーナリスト、安田純平さん(44)が2日、記者会見した。拘束から解放までの経緯を詳細に語り「ミスだった」「自業自得だった」など後悔も口にした。

■拘束と監禁生活

安田さんがシリア入国を決めたのは過激派組織「イスラム国」の内情に関する資料を入手したのがきっかけだった。「案内人」とともにトルコからシリア国境付近まで向かい、15年6月22日に徒歩で入国。直後に車に押し込まれたという。見知らぬ男らとともに国境を越えたことを「自分のミスだった」と述べた。

3年4カ月の監禁生活では空き家や収容施設を転々。カメラの前で「助けて下さい」と語ることを強要され「妻の連絡先を教えろ」とも言われた。日本政府からの反応がないことに組織側はいらだちをみせたという。独房に入れられ「音を立てれば虐待のようなことをされた」。一方で「殺すことはないと言われていた」とも明かした。

■トルコで解放

安田さんが解放を告げられたのは10月22日。翌23日朝に「トルコに行く」と車で移動し、途中で別の車に乗り換えると、英語で「もう大丈夫だ」と言われたという。車中の人物は「トルコ人」を名乗った。

車中では1時間ほど目隠しをされた。国境付近からトルコのアンタキヤまで運ばれ、入管施設の100メートルほど手前で目隠しを外された。施設内の事務所で「解放だよ」と声をかけられた。

安田さんを拘束した組織は特定されていない。安田さんは「何者なのか気になった」「100人単位の囚人がいたと思われることもあったから、かなりの組織だったのではないか」と話した。

■批判は当然

会見の冒頭で「解放に尽力いただいた皆さんにおわびすると共に、深く感謝申し上げたい」と頭を下げた安田さん。

人質となったことに対する批判を「当然だと思っている。紛争地という場所に行く以上は、自己責任と考えている」と述べ、「はっきり言って自業自得だと考えている」と反省を口にした。

そのうえで「難民問題などは日本にも影響する。地球上で紛争が起きているのであれば、それを見にいくジャーナリストの存在は絶対的に必要」と強調した。今後も紛争地域に赴いて取材を続けるつもりかと問われると「全く白紙です。……分からない」と述べた。

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