2018年12月16日(日)

満身創意(岡崎慎司)

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選手とは違う監督業 あくまでも黒子 全体を俯瞰

2018/10/31 17:00
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プロ選手になってから、数多くの監督の下でプレーしてきた。良い監督の条件とは当然、自分を試合に起用してくれる人だろう。しかし、たとえ使ってくれても「お前はそれをやっていればいい」という感じで選手の可能性、成長を信じない指揮官のもとでプレーするのは不幸だ。

選手を信頼し、可能性を伸ばしてくれる監督こそが選手には得難い存在になる。

10月22日のアーセナル戦に出場した岡崎(右)=ロイター

10月22日のアーセナル戦に出場した岡崎(右)=ロイター

僕が公式戦に初先発したのは2006年元日の天皇杯決勝戦だった。当時、清水の監督だった長谷川健太さん(現FC東京監督)は、公式戦4試合に途中出場していただけのルーキーを大舞台で抜てきしてくれた。

健太さんは、選手が伸びるタイミングを見極められる指導者なんだと思う。練習中から公平な目で選手を観察、「今なら何かやってくれるんじゃないか」と本能的につかめるのかもしれない。残念ながら天皇杯に勝てなかったが、あのとき感じた悔しさ、プロの厳しさは僕の選手生活のベースになった。そういう経験を健太さんの下で新人時代に積めたことは幸運だった。

ブンデスリーガのマインツ時代に仕事をしたトーマス・トゥヘル(現パリ・サンジェルマン)は戦術おたくで有名な監督だが、指示が細かいわけではなかった。彼の魅力はトレーニングにあった。

いくつもの制限を設けたメニューは、試合で起きるあらゆるシチュエーションが想定されていた。メニュー自体は特別ではないけれど、そこに仕掛けられたルールによって「考えよう」としなくとも、自然に考えられるようになる、試合に出られなくとも成長できるトレーニングだった。自分の進化を感じられる毎日は本当に楽しかった。

様々なタイプの監督と働いて、監督業の大変さと面白さを感じるようになった。今はまだ、選手として戦い続けることにしか興味がないというのが本音だし、現役引退後のことは考えていないけれど、いつの日か監督業に就いてみたいという思いも実はある。

監督になるのであれば、選手だったことを完全に忘れるための時間が数年間は必要だろう。選手としての経験や感覚は監督業でも大切だが、選手と監督はやはり違う。

監督はあくまでも黒子であり、全体を俯瞰(ふかん)して見なければいけない。戦い方を落とし込む上でも、「選手」という人間をマネジメントする上でも、自分のイメージや感覚だけで話しても伝わらない。選手同士で使う言葉は、監督対選手では通用しないと僕は考えている。

決して短くはない時間を選手として勝負の世界に生きてきた。だからこそ、その感覚を拭い去るには時間がかかるはずだ。監督業に取り組むのであれば、そういう準備期間をきちんと経た上で挑戦したい。

(レスター所属)

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