30年前の私を消して 「無料で便利」捨てられるか
データの世紀 混沌の新ルール(3)

データの世紀
第3部 混沌の新ルール
2018/10/31 2:00
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「忘れられる権利」を制度化したEUだが、域内でも異論が相次ぐ=ロイター

「忘れられる権利」を制度化したEUだが、域内でも異論が相次ぐ=ロイター

「14歳の娘が見るかもしれない。消してください」。今夏、米グーグルに削除要請が届いた。差出人はエイミー・スミスさん(仮名)の代理人だ。

過去に芸能界にいたスミスさん。ネットには30年前のグラビア写真がいまも残る。「ネット公開は承諾していなかった」と、写真へのリンク15件を検索結果から削除してほしいとグーグルに訴えた。

スミスさんがよりどころとするのは「忘れられる権利」。ネット上の個人情報の削除を求められる権利だ。欧州連合(EU)司法裁判所が2014年に認め、18年5月施行の「一般データ保護規則(GDPR)」で規定された。

【関連記事】忘れられる権利、グーグル100万件削除

1789年にフランスで採択された人権宣言は自由と平等を保障し、市民社会の礎となった。それから200年あまり。人権発祥の地である欧州でまた、ネット時代の人権ルールを巡り激しい議論が巻き起こる。

答えはなお混沌の中にある。これまでにグーグルに280万件のリンクの削除要請が届いたが、実際に消えたのは半分以下の約100万件。削除もEU域内に限られ、日本や米国ではそのままだ。誰も「私」を守ってくれないなら、自衛しかない。

「グーグルは使っちゃいけないよ」。仏出身で都内に住む研究者、マークさん(45)は2人の娘に言い聞かせる。個人情報を渡さないためだ。自身も2年前からグーグルのメールや地図などの利用をやめ、プライバシー保護をうたう代替サービスに乗り換えた。

他人に「私」を管理してほしくない。そんな思いで始めた「脱グーグル」だが、検索サービスだけは「使わないと仕事が進まない」。自分の関心や仕事に関する情報がグーグルに蓄積されていく。それでも仕事のためには個人データを明け渡さざるを得ないと嘆く。

個人の情報を独占し、巨大IT(情報技術)帝国を築いたグーグルやフェイスブック。便利なサービスを無料で提供する事業モデルは世界中の支持を集めた。ただ個人データを提供しなければ、ほとんどのサービスは使えない。ネットに残した「私」の痕跡から、企業は利益をあげる。

「新作のグレーのジャケット、20%引きなら買いますか」。大手アパレル企業の問いかけに、数千万人が瞬時に回答した。ITベンチャー「SENSY」(東京・渋谷)による需要予測システム。質問に答えるのは人間ではない。実在の人間の消費履歴などから一人ひとりの「人格」をコピーした人工知能(AI)だ。

購買記録などを学習し、消費者の感情の動きや好みなどを解析して、AIによる「もう一人の私」をつくる。それを製品開発に応用しようと、アパレル企業などが動き出した。いつの間にかAIは増殖し、年末にも1億人分に到達。国民の大半をカバーする「もう一つの日本」が誕生する。

「個人情報の代わりに、無料で便利なサービスを使いますか」。スマートフォンやSNS(交流サイト)の使用時に出る「利用規約」は問う。プライバシーの提供に見合った対価は得られているのか。一人ひとりがとらえ直す時期に来ている。

【「データの世紀 混沌の新ルール」連載記事】
(1)デジタル覇権 国家が争奪 米に焦り、対中包囲網
(2)「情報鉱脈」新しい通貨に 見えざる資産、企業動かす
(4)インド、管理される26億の瞳 高速成長の代償どこまで
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