2018年11月16日(金)

カショギ記者の素顔 穏健な批判生かされず(The Economist)

サウジ記者殺害
中東・アフリカ
The Economist
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2018/10/31 2:00
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The Economist

長年にわたる祖国サウジアラビアとの確執を経て、ジャーナリストのジャマル・カショギ氏(59)はいつ口を閉ざしているべきかを知っていた。

例えば彼は、政府がサウジ第2の都市ジッダに大々的に導入したという下水道が、実は舗道にマンホールのふたを設置しただけで下水管が敷設されたわけではないと知っていた。サウジでの汚職の典型例だったが、同国主要紙の一つ、アルワタンの編集者として彼はこの件を記事にしなかった。友人たちが逮捕された時も沈黙を守った。自分の仕事と自由を失いたくなかったし、家族の身の安全も気がかりだったからだ。

■ビン・ラディンと関係築き王族に気に入られた時も

10月2日にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館にて殺害されたサウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏=AP

10月2日にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館にて殺害されたサウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏=AP

冗談が好きだったカショギ氏は、時々からかうような記事を書いた。政府が女性の自動車運転を解禁するかどうかを巡り混乱していた際は、アルワタンにもし女子学生がラクダに乗って大学に通学したらどうなるだろうか、というコラムを数回書いた。女性がラクダに乗るのは違法ではない。翌週は自転車に乗って通学したらどうか、その翌週にはロバに乗って通学したらどう対処すべきか、と書いた。こうした法の抜け穴を突くことで、サウジ社会の遅れている一面を浮き彫りにした。

しかし、カショギ氏は電話に出るのと同じくらい本能的にサウジの王政を支持していたので、これらの問題は王家に敬意を払う形で提起された。祖父は、初代国王アブドルアジズ・ビン・サウド(在位期間1932~53年)の侍医だった。彼自身もアフガニスタン駐在の記者だった80年代にはサウジ情報機関のために働いた。国際テロ組織アルカイダのリーダーだったウサマ・ビンラディンに接近し、王家がこの人物と一定のつながりを保ち影響力を行使できるようにした。この困難な任務を果たしたことで、カショギ氏は何年かの間、王族たちに気に入られていた。

外交の世界で生きることも容易だったはずだ。米国の大学でビジネスを学び、流ちょうな英語を話したカショギ氏は、英国と米国駐在のサウジ大使の顧問を務めた。トルコやフランスの指導者たちともつながりがあり、世界中に友人がいた。

ジッダでの新聞記者時代には外国人ジャーナリストとの交流を好んだが、国家に背く考えは全くなかった。またその場、その場に合わせて人と付き合うことができた。ロンドンでは大柄だがスーツをちゃんと着こなし、ワシントンではポロシャツ姿、そして湾岸諸国ではゆったりとした白い民族衣装「トーブ」を好んで身につけた。サウジ情勢について話す時は、1杯か2杯程度の酒をたしなんでいる時でさえ、悪口やゴシップを口にすることはなかった。

イスラム教徒でない人と話している最中でも、礼拝の時間になると、中座することもしばしばだった。戒律をきちんと守ってはいたが、18世紀にサウジを席巻した戒律の厳しいサラフィー主義やワッハーブ派を支持する感じではなかった。

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