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銀座煉瓦街 「日本初」の文化生み育てる

今昔まち話

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2階に張り出したバルコニーをいくつもの円柱が支える西洋風のレンガ家屋が幅約30メートルの大通り沿いに立ち並び、レンガを敷き詰めた歩道は多くの人が行き交う。明治政府と東京府が莫大な予算を投じて生まれた「銀座煉瓦(れんが)街」である。

徳川幕府が駿府(静岡市)にあった銀貨鋳造所を移転した一帯は「銀座」と呼ばれ、職人が集まる下町風情の残る町だった。一変させたのは1872年(明治5年)の大火。皇居・和田...

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