科学技術立国、衰える基盤 伸び悩む資金・細る人材
気がつけば後進国(1)

2018/10/13 2:00
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 資源に乏しく広大な国土もない日本は、他国にない高い競争力を持たないと立ちゆかない。科学技術はその代表だ。欧米先進国に追い付こうと戦後努力を重ね、平成が始まるころ、世界に冠たる技術大国にまで上りつめた。しかし栄華は長く続かない。イノベーションを追い求める世界の大競争の中で、じわじわと存在感が低下している。

「基礎研究を長期的展望で支援すべきだ」。2018年のノーベル生理学・医学賞が決まった本庶佑京都大学特別教授は一夜明けた2日午前、記者会見でこう訴えた。日本人研究者のノーベル賞は増えたが、15年物理学賞の梶田隆章東京大学卓越教授や16年生理学・医学賞の大隅良典東京工業大学栄誉教授らも、ことあるごとに「基礎研究の危機」を主張している。応用に力を注ぐ最近の風潮が、独創性や未来を先取りする研究の力をそいでいるという指摘だ。

「科学技術創造立国」を唱え続けてきた文部科学省の科学技術白書も、平成最後の18年版では日本の苦境ぶりを取り上げた。最も顕著な例は、世界の研究者に引用される影響力の高い論文の世界シェアの低下だ。文部科学省科学技術・学術政策研究所の最新の分析では、10年前に4位だった日本は9位まで下がった。

伊神正貫室長は「上位の国では国際連携論文、新分野に挑戦する論文が多い。日本はその潮流に乗り遅れている」と解説する。イスラエルのノーベル賞と例えられる「ウルフ賞」の化学部門を18年に受賞した藤田誠東京大学教授は「国際会議で講演に招待される日本人研究者が少なくなった」と嘆く。現状を放置していては、日本は科学技術で見向きもされない国になってしまう。

1980年代半ば、技術力で米国に迫る存在になった日本は平成に入ると、科学技術の「フロントランナー」になろうと進むべき方向を明確にした。それまでは欧米先進国をお手本にキャッチアップしてきたが、世界をリードする優れた科学技術を生み出す姿勢を打ち出した。

食糧や資源の制約、地球環境の悪化など人類共通の課題の解決に貢献する。産業競争力も高めて持続的な成長を目指す。95年には科学技術基本法が成立し、関連予算を増やすなど様々な振興策を打ってきた。

ところが思ったほど効果を上げていない。2000年ごろまでは様々な指標が少しずつ伸びたが、歯車はかみ合わず瞬く間に失速した。

低迷の大きな要因は投じる資金の伸び悩みだ。日本の科学技術予算は18年に3兆8400億円。00年以降はほぼ横ばいが続いている。最も増やした中国は16年に購買力平価換算で22兆4000億円と00年に比べ約7倍になった。合わせるように、中国は飛躍的に存在感を増した。

予算額2位の米国も伸びは低く00年比で約1.2倍だが、規模が14兆9000億円(17年)と大きい。韓国やシンガポールなど科学技術を重視する国は予算を増やしている。

研究人材の育成・支援でも日本は不安を抱える。博士号を持つ研究者を増やす「ポスドク1万人支援計画」などを打ち出したが、任期付き雇用の不安定なポストばかりが増えた。短期間に成果を出して次のポストを探す環境では、長期的な視野でじっくり取り組む研究ができない。先輩たちの苦境ぶりを見た若い学生は博士課程に進まなくなり、03年をピークに減り続けている。かといって海外に留学するわけでもない。

04年の国立大学の法人化も追い打ちをかけた。大学の基盤経費となる運営費交付金を減らし続けた結果、大学は常勤ポストを減らして若手を追い詰め、自由な発想にもとづく研究を支えられなくなった。大学運営の自由度が高まった半面、改革のための会議や事務処理が増えて常勤の教員の研究時間を奪った。

大学の研究者にも問題がある。学閥主義は依然として残り、外部の経営人材を取り込むような流動性も乏しく、国際的な評価が高まらない状況が続く。小林信一広島大学特任教授は「大学教員は組織を運営する当事者意識に乏しい」と指摘する。

日本企業の技術戦略だけでなく、科学技術政策も先進国をお手本にするキャッチアップ型が続いた。大学にも海外の学問を翻訳して取り入れる考えが根強く残る。目に見えない、研究システムの改革の遅れが、存在感低下の背景に潜む。

野心的な研究に挑もうと米国防高等研究計画局に倣った「革新的研究開発推進プログラム」をはじめ、生命科学を推進・支援する専門機関、日本医療研究開発機構をつくってきた。形は似ているが、中身は別物だ。例えば国防高等研究計画局は博士号を持つプログラム・マネジャーを約100人雇用し、リーダーを務めさせる。日本にそんな機関はない。

誰もやっていない研究に挑む、失敗を繰り返して難問を乗り越えるといった科学の営みを十分に認識していない。それは日本の研究計画の吟味や研究者の評価、研究機関の運営法などに影を落とす。

永田好生

■証言 リスク高い事業、取り組みに遅れ 石田寛人氏

1980年代後半、日本の経済は絶頂期を迎え、科学技術行政の現場でも何となくホッとした雰囲気が漂っていたことを思い出す。課題を抱えながらも原子力は電源供給の一翼を担える段階に入り、純国産の大型ロケットで衛星を安定して打ち上げる技術を手に入れた。戦後の「先進国の仲間入り」という目標をある程度達成できた感触が確かにあった。

石田寛人 元科学技術庁(現文部科学省)事務次官

石田寛人 元科学技術庁(現文部科学省)事務次官

かつて廃案になった経緯のある科学技術基本法の構想が自民党で再検討され、94年ごろから議論が本格化した。野党も一致協力して95年に成立した。その翌年から5年ごとに科学技術基本計画を策定し、科学技術行政を後押ししてくれると、大変心強く感じた。

油断したわけではないが、その後、中国など海外勢は躍進し、日本の科学技術は相対的に低下した。イノベーションの実現を唱える様々な取り組みが重ねられているが、成否が不透明で極めてリスクの高いプロジェクトに取り組みにくくなっているように感じる。

日本は財政事情の制約も大きく、税金を無駄に使ってはいけないとの思いは強く働く。国の科学技術予算をなかなか増やせず、基本計画の中に予算の数値目標を盛り込む、盛り込まないで財政当局と厳しく折衝した。そんな状況は近年、ほとんど変わっていない。国だけでなく企業の研究開発にもそれは当てはまる。失敗する研究が続けば、経営陣は株主から厳しく追及されるだろう。

米国は移民を受け入れ、常にフロンティアを目指している。日本とは違った環境があり、挑戦する精神があふれている。日本の環境をすぐに米国のようには変えられない。ならばどうするか。若い科学者たちにこれからの日本の姿を議論してもらい、夢をかなえる道を示せないかと考えている。

■キーワード

科学技術基本法

独創的な科学技術を振興しようと政府の総合的な計画策定や財政的な支援などを盛り込んだ法律で、1995年に議員立法で成立した。政府が60年代後半、法制化を検討したが、法案を国会に提出できずに廃案になった。自民党の素案をもとに超党派の有志議員で法案をまとめ、ほぼ四半世紀を経て実現した。

「科学技術は人類にとっての知的資産」との認識を打ち出し、およそ10年先を見据えた「科学技術基本計画」の策定を義務付けた。同計画は96年から第1期が始まり5年ごとに見直し、現在は2016年を初年度とする第5期に入った。狩猟社会から農耕社会、工業社会、情報社会に続く「ソサエティー5.0」を築こうと唱えている。先進的な情報通信技術をものづくりやサービスなどに生かし、競争力のある経済、持続的な社会の実現を目指している。

科学技術行政にとって、この計画の中に確保できる予算額をいかに明記するかが大きな焦点だった。第1期は17兆円を目標にし、最終的に5年間で17兆6000億円を投じた。しかし以後の計画では目標額を達成できていない。第5期は約26兆円を掲げている。予算規模とともに、日本の研究開発の効率の悪さも議論の対象になっている。

基本法は研究施設の整備やデータベースの充実、研究者の内外の交流促進などにも触れている。これらを指針に各府省が関連する政策を準備する。重点的に強化する特定国立研究開発法人制度も16年に始まった。

ポスドク1万人支援計画

大学の研究強化や専門人材の育成などを狙い1990年代から大学院の重点化政策が始まった。博士号を取得して次のポストを目指すポストドクターが活力ある研究に欠かせないと文部省(当時)は96年「ポスドク1万人支援計画」を打ち出した。

人数は達成できたが、経歴を積み重ねる政策が伴わなかった。大学のポストは減り企業も雇用に消極的なまま。高学歴でも収入が少ない研究者を生んだ。修士課程を終えて企業に就職した方が生活は安定し、博士課程に進む学生は減少している。海外へ留学する学生数も減っている。

国立大学の法人化

2004年4月、文部科学省の施設・機関だった国立大学が国から独立した法人になった。例えば、東京大学は国立大学法人東京大学が設置・運営する。大学の個性化と国際競争力を強めて研究と教育の水準を高めるのが目的で、大学院大学や短大も含めて99の国立大学が89の法人に再編された。従来は国が予算内容などを細かく定め、運営にも規制があったが、各大学が自らの判断と責任で大学の運営や予算の使い道を決められるようになった。

法人化に合わせて、トップである学長の権限と責任が強化された。大学は6年ごとに文科省に中期目標と中期計画を提出して認可を受けなければならない。その達成度は国立大学法人評価委員会や大学評価・学位授与機構など第三者機関によって評価、チェックされる。このほか、学外者の運営参画なども制度化されている。

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