2019年8月22日(木)

興福寺中金堂で落慶法要 300年ぶりに再建

2018/10/7 10:09 (2018/10/7 13:10更新)
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世界遺産の興福寺(奈良市)で7日、約300年ぶりに中金堂が再建され、落慶法要が始まった。寺の伽藍(がらん)の中心となる重要な建造物で、約3千人の参列者らが天平の威容に目を見張り、完成を祝った。法要は11日までの5日間にわたって営まれる。

初日の7日は興福寺による法要。台風などによる強風もほぼ収まり、秋の日差しが照る中、雅楽奏者に続いて式衆らが入場し、多川俊映貫首や境内の整備計画を担当した奈良国立文化財研究所の鈴木嘉吉・元所長らが中金堂前に設けられた舞楽台に上がった。色鮮やかな5色の帯を引くと、屋根の上で金色に輝く鴟尾(しび)の覆いが外れ、参列者からは大きな拍手が上がった。

観世流の浅見真州さんによる能や華道家元・池坊の池坊専好さんの献花、武者小路千家の千宗屋さんの献茶が行われた。僧侶が唄(ばい)を唱え、中金堂の鴟尾付近や五重塔上部などから散華が行われると、境内は華やかな雰囲気に包まれた。多川貫首が「平成の金堂、天地と共に長く、日月と共に遠く相続伝持し、未来際を尽くさん」などと奉告文を読み上げた。

8日は西国三十三所札所会、9日は南都諸大寺、10日は比叡山延暦寺による法要が続き、11日に結願する。それぞれ書や生け花、西洋音楽などの奉納が行われる。一般参拝は20日から。

中金堂は藤原不比等の発願で710年に創建されたが、これまでに7度焼失し、その都度、天平期の創建当初の規模や様式で再建されてきたという。今回は1717年の火災で焼失して以降、301年ぶり。江戸時代に造立された本尊で5代目の木造釈迦如来坐像(ざぞう)のほか、脇侍の重要文化財、木造薬王・薬上菩薩(ぼさつ)立像などが安置されている。

内陣に向かって左手前には平安時代にはあったとされる法相柱も復元された。興福寺の宗派である法相宗ゆかりの玄奘三蔵や慈恩ら高僧14人の絵が描かれた高さ約10メートルの柱で、制作した日本画家の畠中光享さん(71)は「天平時代には入手が極めて難しかったとされる群青色をふんだんに使った。これから興福寺の歴史の一部を刻んでいく」と話す。

創建当初の復元を目指す境内の整備は、学識経験者らによる委員会で調査や審議を重ねて進められてきた。中金堂の再建計画は1991年にスタート、総工費は約60億円。多川貫首は「何とか天平時代を再現したいとの思いで30年続けてきて、完成を大変うれしく思う」とコメントした。

今後も五重塔や東金堂周辺の調査などを含む境内の整備が続く見通しだ。

法要に参列した和歌山市の主婦(70)は「母の縁で今回、参列できた。大変立派なものですね」と話した。寄進した祖父の代わりに出席した奈良市の大学院生、小菅真奈さん(23)は「歴史的な場に立ち会えた。境内の雰囲気が良くなった」と喜んだ。

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