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エンゼルス大谷、右肘手術の決断支えた「確信」
スポーツライター 丹羽政善

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2018/10/1 6:30
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あれは8月半ば、いや、9月頭の米テキサス遠征でのことだったか。

まるで冷蔵庫のように冷房が効いた大リーグ、レンジャーズ本拠地のビジターチームのクラブハウスにいたときのこと。バックパックを背負ったエンゼルスの大谷翔平が、無地のグレーのTシャツ姿で「お疲れさまで~す」と挨拶しながら入ってきた。

少しして、一緒に球場入りした彼の通訳が手にした紙袋を開け、テーブルの上に日本ハムのユニホームを広げた。もちろん背番号は「11」である。

後ろを振り返って、ロッカーに大谷がいることを確認すると、歩み寄って声をかける。すると大谷は笑いながら、「ダメだよ~。もう他のチームのユニホームにはサインできないんだから」と言いながらもペンを渡されると、懐かしい自分のユニホームの前に立った。

「どこにするの? 番号?」

その質問を予期していなかった通訳が調べようとすると、大谷はその返事を待つ前に、サラサラっと左側の「1」の上にペンを走らせる。ごくごく普通のユニホームがその瞬間、お宝になった。

垣間見えたあの無邪気さは…

あのとき、一瞬垣間見えたあの無邪気さはおそらく、大谷の素顔なのだろう。しかしそれは普段、何重ものフィルターに覆われている。

マウンド上ではときどき、ピンチをしのいだときなどに感情をあらわにすることはあるが、ホームランを打とうがタイムリーを打とうが、それが表情に出ることはむしろ、まれではないか。試合後の記者会見でも喜怒哀楽が顔に出ることもない。いや、大谷との付き合いが長い人には、表情から何かを読み取れるのかもしれないが、そのハードルは高い。

右肘手術を受けることが決まり、記者会見する大谷=共同

右肘手術を受けることが決まり、記者会見する大谷=共同

ただ、その記者会見に関しては最近、いくつか気づいたことがある。大谷は自分自身をどこか俯瞰(ふかん)している。そして、常に周りが見えている。チームドクターから右肘の靱帯再建手術(通称トミー・ジョン手術)を勧告されたときも、淡々としていた。

「百パーセント予想しなかったことではない。正直、ある程度、準備はしてましたし、突発的なけがではなくて長年の疲労も含めたことなので、ピッチャーなら誰でも準備はしていること」

そう言ってから、こう続けた。

「なので正直、そこまでメンタル的に落ちているっていうことはなかった。むしろ、周りの人が心配してくれる方が多かったので、特に僕がなおさら落ち込むということはなかった」

その日の試合のことをどう切り替えるか。何かあったときにそれをどう捉えるか。客観的に整理することはスポーツ心理学の基本だが、靱帯の手術に関しては以前から想定しており、それが現実となったときむしろ、周りの動揺を観察する余裕さえあった。

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