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日米自動車摩擦 1970年代から繰り返す歴史

日米両政府が、2国間のモノの貿易を自由化する物品貿易協定(TAG)の締結に向けて交渉に入ることで合意した。交渉の間、米国が準備する自動車への25%の追加関税の適用は見合わせられるが、一方で自動車分野は交渉の大きな焦点になる。日本から米国への自動車輸出は1970年代以後、米国の景気悪化や選挙などの政治の季節を迎えるたびに貿易摩擦の中心になってきた。日系自動車各社は現地生産や部品調達を拡大してきたが、いまなお完成車と部品を合わせた輸出額は対米輸出総額の4割を占める。緊張の歴史は続きそうだ。

輸出急増、「自主規制」で歯止め

日米の自動車摩擦の歴史は1970年代の石油危機にさかのぼる。米国の消費者が燃費の良い小型車を求めるようになり、ホンダの小型車「シビック」などが人気を集めた。その結果、日本から米国への自動車輸出が急増した。日本車にシェアを奪われた米ゼネラル・モーターズ(GM)など米自動車大手「ビッグスリー」の業績が相次ぎ悪化し、リストラに追い込まれた。

ホンダのオハイオ工場は1982年に生産を始めた

米デトロイトなど自動車産業の集積地では、日本車がハンマーでたたき潰される「ジャパン・バッシング」のパフォーマンスが繰り広げられた。80年には全米自動車労組(UAW)などが「通商法201条」に基づき、急増する日本車の輸入制限を求めて米国際貿易委員会(ITC)への提訴に踏み切る。同年、日本の自動車生産は米国を抜いて世界一になった。

高まる圧力を受けて日本政府と自動車業界は81年、対米自動車輸出台数を制限する「自主規制」を導入することになった。日米間の輸出自主規制は繊維や鉄鋼で前例があった。自動車の自主規制の枠は初年度に168万台。80年の実績(182万台)を下回る水準に設定された。自主規制は93年度まで続くことになる。

自主規制を受け入れた日本車メーカーは一方で、米国での現地生産を加速した。82年にホンダが米オハイオ州で「アコード」の現地生産を始めたのを手始めに、84年にはトヨタ自動車とGMが米カリフォルニア州で合弁工場を設立した。各社が相次ぎ現地生産に乗り出した結果、80年代後半に年間300万台を超えた日本から米国への輸出台数は88年以降は減少傾向をたどり、足元では年間170万台程度で推移している。

閣僚交渉、竹刀のど元に

現地生産を拡大した日本車各社には90年前後に、新たな逆風が吹き始めた。米国で現地生産するクルマの米国製部品の調達の少なさを指摘して、米国側が再び日本車を攻撃し始めた。再選を目指すブッシュ(父)大統領が92年にビッグスリー首脳らと来日。宮沢喜一首相との首脳会談を経て、日本車メーカーによる米国製部品購入の努力目標が設けられた。

95年にはクリントン政権の米通商代表部(USTR)代表、ミッキー・カンター氏が米通商法301条に基づき、日本市場の閉鎖性を理由にトヨタ自動車の「レクサス」など日本製高級車13車種の輸入に100%の関税を課すと発表した。日本政府は世界貿易機関(WTO)に提訴する形で応戦。制裁発動を直前に控えた同年6月のジュネーブでの日米自動車交渉では、橋本龍太郎通産相がカンター氏に送られた竹刀を自身ののど元に突きつけるジェスチャーを披露した。

アメ車、日本で苦戦続き

日米間の自動車貿易の不均衡を是正するには、本来、米国から日本への自動車輸出を増やすことも有効な手段だ。ところがこの努力は今に至るまで、実を結んでいない。85年のプラザ合意による円高を機に日本の完成車輸入は大きく増加したが、その恩恵を被ったのはドイツを中心とする欧州勢だ。

90年代には米クライスラー(当時)などビッグスリーが日本市場に合わせて右ハンドル車を投入するなど、日本市場の開拓に力を入れた時期もあった。米フォード・モーターは92年、米国製フォード車の輸入権をマツダから自社の日本法人に移管。96年にはトヨタがGMからOEM(相手先ブランドによる生産)調達する形で「キャバリエ」を日本で発売し、GMは翌97年、「日本車キラー」と呼ばれた小型車「サターン」で代理店を通さず、自ら輸入販売を始めた。

日本車対抗の切り札としてGMが投入した「サターン」

だが米各社の日本市場への熱はすっかり冷めている。フォードは16年に日本から撤退した。17年、日本での輸入車販売は30万台を超え、軽自動車を除く登録車の9%を占めた。だが米国車のブランドではフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の「Jeep」が前年比7.6%増で気を吐いたのが目立つぐらいだ。GMの「シボレー」や「キャデラック」の販売台数は年間で1000台に届かない。米国からは安全基準や軽自動車の存在などに不満が漏れるが、欧州車が人気を集める中では説得力が無い。

NAFTAの行方も影響

過去に何度も繰り広げられてきた日米自動車貿易問題。貿易赤字の削減を掲げて世界と対立する米トランプ政権の目下の最大の目標は、11月の議会中間選挙での勝利だ。トランプ政権はカナダ、メキシコと結ぶ北米自由貿易協定(NAFTA)の枠組みでも再交渉中だ。カナダとメキシコには日本を含む自動車メーカーの多くが対米輸出工場を持ち、米国市場への供給拠点としている。

世界中に部品調達網を張り巡らせた巨大な装置産業でもある自動車産業にとって、生産地変更などを求められる可能性がある貿易問題は最大の経営リスクでもある。日米間の交渉や安全保障を理由にした輸入車への25%関税上乗せだけではなく、NAFTA再交渉も着地の仕方次第では日本の自動車産業に大きな影響を与えることになる。

(田中暁人)

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