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キツネの化身、子思い涙 信太森神社(もっと関西)

時の回廊

「恋しくば 訪ね来てみよ 和泉なる 信太森の うらみ葛の葉」

葛の葉姫ゆかり

人形浄瑠璃文楽や歌舞伎の物語「蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」の四段目。「葛の葉子別れの段」はしばしば上演される人気の演目だ。白狐が化身した葛の葉姫は安倍保名との間に子どもをもうけるが、正体が明らかになると、子どもを置いて森へ帰る。その際、葛の葉姫が残すのがこの和歌だ。平安時代の陰陽師、安倍晴明には白狐から生まれたという伝説があるが、葛の葉姫が産んだ子どもが晴明とされる。

安倍晴明の母、葛の葉姫をまつる信太森神社(大阪府和泉市)

「和泉なる 信太森」とは現在の大阪府和泉市。信太森神社は通称を葛葉稲荷神社といい、葛の葉姫ゆかりの神社だ。赤い鳥居が連なる参道の先に本殿があり、向かって左手(南側)に樹齢2000年とも伝わるご神木の楠(くすのき)がそびえる。その前にある石造りの小さな祠(ほこら)が白狐、葛の葉をまつったものだ。2対の狐(きつね)の像に守られた祠は、四方に枝を伸ばした楠を背景に神秘的雰囲気を醸し出す。

御祭神には宇迦御魂(うかのみたま)神や大己貴神(おおなむちのかみ)と並んで「若宮葛乃葉姫」の名がある。本殿には黒い石に白狐が浮き彫りになった『白狐石』や葛の葉が保名の元から帰った時に化けたと伝わる御霊石などが安置されているという。境内には白狐が葛の葉姫に化けた時に鏡の代わりに姿を映した「姿見の井戸」など、そこかしこに葛の葉にまつわるものがある。

葛の葉姫は白狐の正体を明かして姿を消す(文楽「蘆屋道満大内鑑」より)

神社創建は708年とされるが詳しいことはわからない。「当初はこの地の豪族だった森田氏の屋敷神(やしきがみ)だった」(沼通子宮司)との説もある。神社の由緒によると、千余年前に安倍保名がお家再興を願って信太森神社に日参し、狩人に追われた白狐を助けたという。平安期には一般人が参詣する神社になっていたのだろう。

「深い森」の代名詞

実際、「信太森」は平安貴族にはよく知られた地名だったようだ。清少納言「枕草子」には「森といえば…」と羅列された有名な森の中に「信太のもり」とある。深い森を示す歌枕として和歌にも詠まれた。信太地域は熊野街道が通る交通の要衝でもあり、熊野三山への参詣に向かう人が立ち寄る神聖な場所でもあった。信太の森ふるさと館の清水亜弥学芸員は「葛の葉伝説の舞台を考えた時、神聖な場所である信太の森がふさわしいと考えられたのではないか」と指摘する。

人間の姿に化け、姿を映したとされる姿見の井戸(大阪府和泉市)

狐が人との間に子をもうけるという「異類婚姻譚(たん)」は日本各地に存在するが、葛の葉の物語はその代表格だ。「信太地域には葛葉稲荷神社を含め、3つの類似の物語がある」と清水学芸員。経緯に多少の違いはあるが、狐が和歌を書き残す点が共通しているという。

国立文楽劇場では11月の文楽公演で「葛の葉子別れの段」を上演する。大阪での上演は9年ぶりだ。葛の葉を遣う人形遣いの人間国宝、吉田和生さんは「親子の別れの悲しさの中に、動物の本性が見え隠れするのが作品の面白いところ」という。狐の本性を現した葛の葉は手首を曲げた狐手というしぐさをしたり、子どもをなめたりする。動物のかわいらしさと裏腹に、我が子と共にいられない悲しさが切々と表現され涙を誘う。

かつての信太地域には、野狐が多く生息していたという。祠を守る2対の狐の像を見ていると、当時の面影がしのばれる。

文 大阪・文化担当 小国由美子

写真 大岡敦

 《交通》JR阪和線「北信太駅」から徒歩5分。
 《ガイド》「葛の葉の世界~信太の森の伝説~」を展示している信太の森ふるさと館は北信太駅から徒歩20分の信太の森の鏡池史跡公園内。入館無料。公園内にある鏡池は、信太の森を訪ねた安倍保名と童子が水面に映る葛の葉と最後の別れを惜しんだと伝わる。

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