アップルを魅了した広島老舗家具の「美しい椅子」

2018/9/26 6:30
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NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞

家具メーカーのマルニ木工(広島市)がつくる「HIROSHIMA」シリーズの椅子が国内外で脚光を浴びている。バブル崩壊後に経営難に陥ったが、創業家出身の山中武社長が再起をかけて著名な工業デザイナーの深沢直人氏と組んで製品化した。「日本の家具は海外で通用しない」との定説が覆ろうとしている。

工作機械で加工したいすを、職人が磨いて仕上げる(広島市)

工作機械で加工したいすを、職人が磨いて仕上げる(広島市)

米カリフォルニア州クパチーノにあるアップルの本社「アップル・パーク」には、マルニ木工のHIROSHIMAが数千脚並んでいる。木目の美しいシンプルな椅子に見えるが、左右の肘置きから背もたれにかけては滑らかな曲線を描き、平面は1つもない。深沢氏の複雑なデザインとそれを支える高い木工技術が、アップルの美意識を捉えた。

広島市の山あいにあるマルニ木工の工場。機械音が鳴り響く建屋に一歩足を踏み入れると木の香りが漂う。選び抜かれた木材を大まかな形に加工した上で、5軸の数値制御(NC)の工作機械でいすの部品を削り出す。肘掛けから背もたれにかけては、熟練の職人が手で磨き上げる。

米カリフォルニア州のアップル・パークで採用された「HIROSHIMA」シリーズの椅子

米カリフォルニア州のアップル・パークで採用された「HIROSHIMA」シリーズの椅子

HIROSHIMAの発売は2008年。従業員らは「最初は作るのが嫌でたまらなかった」と明かす。手作業で仕上げる職人泣かせのデザインのため、設計図通りのカーブを描いているか1センチごとに測り、狂いがあれば何度でも差し戻していた。

当初は機械加工の一工程に一時間近くかかっていたところを20分に短縮。習熟度が向上するにつれ、職人たちもさっと手でなでるだけで設計図通りか確認できるようになった。最初は月40脚だった生産能力は、10年で800脚にまで高まった。

マルニ木工は1928年創業の老舗だ。家具を誰でも買い求めやすい価格にするため「工芸の工業化」を掲げ、量産技術を磨いてきた。高度経済成長期に売り出した洋風家具がヒットし、1991年にグループ売上高は300億円に達したが、バブル崩壊で需要が急減。経営難に陥った。

現社長の山中武氏は当時、東京で銀行員として不良債権処理を担当していた。2001年、社長のおじに請われて経営のバトンを受け取ることになったが、入社直前に「取引先の金融機関に再建計画を作れと言われている」と打ち明けられ、がくぜんとしたという。自分が銀行員として取引先に告げていたのと同じ言葉だったからだ。

入社後、ピーク時に11カ所あった工場の集約を進めた。トヨタ生産方式を導入するなど効率化にも取り組んだ。「利益第一主義」「無借金をめざす」との目標を掲げ、リストラにまい進したが、売り上げの減少に歯止めがきかず、思うように業績は回復しない。家具のデザインも作業効率が優先された。

「川上であるデザインが変わらなければ、会社は変わらない」。そう考えた山中氏は04年、12組のデザイナーに「日本の美意識」というテーマでの椅子の作成を依頼。そのうちの1人が、auの携帯電話「インフォバー」などのデザインで知られる深沢氏だった。

深沢氏に協業を打診したのが06年の冬。深沢氏はマルニ木工の工場を見学し、加工技術の高さに目を見張った。「世界の定番を作りましょう」と快諾した。

山中武社長は「海外で勝負できるように変わらなければならない」と話す

山中武社長は「海外で勝負できるように変わらなければならない」と話す

もっとも深沢氏のデザインは定番とは言えない高度な技術を要するものだった。山中氏と従業員たちは「デザイナーの要望に『できない』と言わない」と事前に決めていた。例えばそれまでは作業効率を優先し半径3ミリメートルまでしかできないとされていたカーブの加工で、深沢氏が要求したのは半径1.5ミリ。機械で磨けないため、手で磨いた。

現場は逃げなかった。それだけではない。深沢氏が描いたデザインどおりに作っただけでなく、木材を使い分けて木目を美しく演出してみせるなど、付加価値を加えた。

深沢氏はこう言い切る。「我々の椅子がデザインの最高峰を集めたアップルの社屋で選ばれたのは必然だ」

HIROSHIMAの発売以降、マルニ木工の減収に歯止めがかかった。商流が変化し、伊勢丹新宿店など百貨店、住宅メーカー経由や商業施設向けの販売が増えた。売上高の構成も一変。以前はゼロだった海外販売が全体の1割を越えた。デザインの祭典であるミラノサローネでも、世界のトップブランドが集まる施設での出展が認められるようになった。

内需に依存してきた日本の家具メーカーは今、アジア製の安い輸入家具に押されている。日本家具産業振興会の調べでは、17年の木製家具の輸出額は39億円で、輸入額は2494億円と圧倒的な輸入超過状態にある。

「海外で勝負できるように変わらなくてはいけない」と話す山中氏。今年4月に海外営業を担当する子会社を設立し、本格的に世界に打って出る体制をつくった。日本の家具産業の未来を占う挑戦でもある。  (若杉朋子)

[日経産業新聞 2018年9月26日付]

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