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西野監督から森保監督へ バトンはつながれた

森保一監督に率いられた新生日本代表の初陣を見ながら、サッカーの試合ではあるけれど、完璧にバトンの引き継ぎがなされた陸上のリレーを見ているような気分になった。いろいろな面で前監督の西野朗さんから森保新監督への継承はスムーズに運んだように思う。

パナソニックスタジアム吹田で行われた9月11日のコスタリカ戦当日、G大阪のクラブハウスを使わせていただいて日本代表のOB、OG会が開かれた。

場所柄から釜本邦茂さんや永島昭浩さん、宮本恒靖さん、松波正信さんらガンバOBが多かったのは当然として、日本リーグ初代得点王の野村六彦さんやOB会長の藤口光紀さんら諸先輩の姿も拝見でき、とてもうれしかった。そうやってOBが集まって一堂に会すると、日本代表がつないできた歴史の重みをあらためて実感したのだった。

W杯から引き継がれた日本のよさ

3-0と快勝したコスタリカ戦で感じたのも「継続」という言葉だった。7月のワールドカップ(W杯)ロシア大会でベスト16に食い込んだ西野監督からバトンを渡された森保新監督は、同じ方向性、同じ流れの中で、スピードを落とすことなく好スタートを切った。これはコーチとしてロシア大会の西野監督を支え、内部昇格で指揮を託された新監督だからこそできたことだろう。

ロシア大会と同じく、コスタリカ戦も日本選手のよさやチームとしての魅力がうまく引き出されていた。攻守にわたって味方同士が連動し、いい距離感でカバーリングと素早いパスワークを繰り返す。そうやってグループ戦術を確実に遂行しつつ、代表歴の浅い選手たちが伸び伸びと個性を発揮したのも頼もしかった。

2年後の2020年東京五輪でエースとなるべき存在の堂安律(フローニンゲン)はドリブルで何度も仕掛けてみせた。細かいボールタッチのドリブルは、これまでの日本になかったタイプ。南野拓実(ザルツブルク)も生き生きと相手ゴールに迫り、中島翔哉(ポルティモネンセ)も素晴らしいキックの精度と俊敏さを見せた。

札幌ドームでの練習で槙野(右端)ら選手と話す森保監督(手前)=共同

ワントップの小林悠(川崎)のようなベテランも含めて出場した選手がそれぞれ異なる個性の持ち主であり、その個々のよさが生きるコンセプトでチームが成り立っていることにも好印象を持った。

採用したシステムは4バックの4-4-2だった。U-21(21歳以下)の選手を連れて戦ったジャカルタのアジア大会は3バックを主戦としたが、コスタリカ戦はあえてそこにこだわらなかった。佐々木翔(広島)、室屋成(FC東京)といったサイドで使いたいDFの特性を考えたとき、サイドバックの方が力は出せると判断したのだろう。システムに対するそのへんの柔軟な考え方も森保監督の特長の一つだ。

初めてのフル代表の試合で連動しながら互いのよさを出して戦えたのは、ピッチに指揮官がいたからでもある。ベテランの青山敏弘(広島)、槙野智章(浦和)のことだ。押さえるべきツボはしっかり彼らが押さえ、ピッチ上で監督がやりたいことをサポートしてみせた。

初陣にもかかわらず、結構な数の強化試合をこなしてきたかのような中身の濃さは、チームづくりのスピードを上げられるメンバーを集め、連動できる選手をピッチに並べたからだろう。選手の予習する力も褒めたい。森保監督が要求しそうなことを選手も事前につかんでいないと、あそこまでのサッカーはできないものだ。そういう真摯な姿勢は今後もこのチームのベースになるのだろう。裏返せば、そこを怠る選手はどんどん落後していくことになる。

監督交代のたびに時間のロス

代表チームにおいて、コーチから監督に昇格するケースは日本の場合、あるようであまりない。W杯予選の途上で解任された加茂周監督に代わって、コーチから非常事態で監督になった岡田武史さんの例(1997年)を除くと、川淵三郎監督の下でコーチをした森孝慈さんがチームを引き継いだ80年代初めまで遡る。

西野氏(右)から森保氏にバトンはスムーズに引き継がれた=共同

90年代に入って、ハンス・オフト氏が本邦初のプロの代表監督になってから後は、監督交代のたびにどうしても時間のロスが生じたように思う。オランダ人のオフト氏の後にブラジル人の監督(ロベルト・ファルカン氏)が来て、岡田さんの後にはフランス人の監督(フィリップ・トルシエ氏)が就いた。

その後もジーコさん、イビチャ・オシムさん、アルベルト・ザッケローニさん、ハビエル・アギーレさん、バヒド・ハリルホジッチさんと、国籍も話す言葉もスタイルも異なる外国人監督が代表の指揮を執った。そうやって新しい外国人監督が来るたびに、監督と選手、監督とスタッフの間に、模様眺めというか、様子見というか、腹を探り合う時間がどうしてもできたように思う。

「この人はどういうサッカー観の持ち主なのか?」

「この人はどういうプレー、選手が好みなのか?」

選手がこんな観察を続ける一方で、監督も選手のキャラクターや人間性をつかむまでに時間がかかった。通訳を挟んでコミュニケーションをとる場合、そもそも監督と通訳の呼吸がぴったり合うのに1年くらいはかかるものである。

バトンパスにたとえるなら、どんなに前の走者がスピードに乗って走ってきても、テークオーバーゾーンに入ればスピードは緩むし、受け取る側もしっかり手にするまでは全力で走り出すことはできない。あちこちの国から監督を呼んできて、バトンパスを頻繁に行うということは、それだけ時間をロスすることにつながるわけである。

そういう意味ではサッカー大国のドイツが簡単に代表監督を代えないのは、そしてコーチを内部昇格させて監督に据えることがままあるのは、あの国ならではの知恵なのだろう。

コスタリカ戦の日本に、船出の試合とは思えない疾走感や加速感があったのは、「日本のサッカーはこうあるべきだ」という哲学の部分で前監督から新監督へ、しっかり継承されたものがあったからだろう。哲学を表現する方法論に前監督と新監督で違いはあるとしても、根っこにあるものは同じ。そこに迷いはないというか。このメリットは今後、さらにいろんな面で生かされると思っている。

ロシア大会の西野監督はスタッフや選手の意見にたっぷり耳を傾け、戦い方を整理し調整していく手法で成功した。それをコーチとして間近で見ていた森保監督は、監督がやりたいことと選手がやりたいことのバランスをぎりぎりどう取っていくか、いろいろ感じることがあったのではないか。

五輪監督兼任、今後の武器に

私個人の感想は、監督が「俺の言うとおりにやればいいんだ」という体で決めつけるのは、もう時代遅れだということ。上から頭ごなしではなく、選手に寄り添ってチームにバランスを生むのがリーダーの役目だと思う。私らのころとは比べものにならないくらい選手の能力は進化している。そんな選手を監督が駒のように扱おうとすると、かえって選手の邪魔をすることになりかねない。

そういう意味で印象的だったのはテニスの全米オープン女子シングルスで優勝した大坂なおみ選手だった。彼女の快挙を支えた、コーチのサーシャ・バインさんの決してでしゃばることのないたたずまい、心のマネジメントもすごいと感じた。

堂安(右)は東京五輪でエースとなるべき存在だ=共同

別の大会で大坂選手に同コーチが試合中に話しかける場面をテレビで見たが、目線は常に下からだった。椅子に座る大坂選手よりさらに低く、片膝をついて下からあおぐように見つめ、諭すように話しかける。正面からではなく斜めから。選手を威圧、圧迫することがないように。その選手との位置関係を見れば、同コーチの寄り添う力が一流であることはすぐにわかる。椅子にふんぞり返り、選手の頭の上から怒声を浴びせることしかできないコーチとは大違いなのだ。

それはともかく、森保監督が五輪監督を兼任するために、スタッフもフル代表と五輪チームを掛け持ちで見るケースが増えていく。大変なことは大変だが、フル代表と五輪代表が一つのラージグループになることで、練習の効率などはどんどん上がるだろう。チーム内のコミュニケーションも上下の隔てなく活発になることが見込まれる。

実際、コスタリカ戦には東京五輪世代の堂安、冨安健洋(シントトロイデン)、伊藤達哉(ハンブルガーSV)の3選手を呼んでいた。東京五輪世代の海外組は日本に呼んで試合をさせることが難しいといわれるが、フル代表の国際マッチデーなら所属先のクラブに対して何の気兼ねもなく確実に呼べる。監督の手元で五輪世代の力量を測り、フル代表の先輩たちにもんでもらって高いレベルを感じさせる。チーム内でのコミュニケーションを密にとらせることもできる。

そうやって、フル代表と同時に五輪チームの強化とマネジメントも並行してやっていけるのは、一人の監督が同じ基準で選手の力量を見比べられるから。東京五輪のオーバーエージを誰にするかを含めて、選手のやり繰りを最後は自分で決断してできる。これは森保監督の大きな武器になるだろう。

(サッカー解説者)

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