千百余年の願い込め 真言密教の歩み追想
(京都・醍醐寺展特集)

2018/9/17 11:00
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京都・山科盆地にある真言密教の一大拠点、醍醐寺には膨大な数の仏像、仏画や聖教(しょうぎょう=経典)が守り伝えられている。それら密教美術の至宝を紹介する特別展「京都・醍醐寺―真言密教の宇宙」が東京と福岡で開催される。開山から1100年あまり、人々が御影に祈った安寧への思いは、時を超えて今も拝む者を包み込む。

国宝「薬師如来坐像」(部分)平安時代 10世紀 醍醐寺蔵=画像提供 奈良国立博物館(佐々木 香輔撮影)

国宝「薬師如来坐像」(部分)平安時代 10世紀 醍醐寺蔵=画像提供 奈良国立博物館(佐々木 香輔撮影)

「密蔵深玄にして翰墨(かんぼく)に載せ難し。更に図画を仮(か)りて悟らざるに開示す」。唐から日本に密教を伝えた空海の言葉だ。唐での留学を終えて帰国した際、朝廷に提出した報告文「請来目録」に記してある。

「密教の教えは奥深く、言葉で表すことはむずかしいので図画を使って教える、という意味です。この言葉に従って真言密教はビジュアルを重視してきました」。寺宝管理に長年携わる同寺の公室室長、長瀬福男さんはこう語る。

■寺宝122件紹介

桜の名所としても知られる醍醐寺は貞観16年(874年)、空海直系の弟子、聖宝(しょうぼう)が「醍醐味の水がわき出る」とされた笠取山に開いた。笠取山頂に広がる上醍醐と山裾に広がる下醍醐に分かれた広大な寺域には国宝6棟、重文10棟をはじめとする堂宇が立ち、約15万点もの寺宝が伝わる。

仏像や仏画、修法(すほう=儀式)の次第を記した文書、経典といった国宝は約7万6千、重要文化財は400を超す。今回の特別展は2会場合わせて39の国宝、58の重文を含む122件を紹介する。

「醍醐寺は真言密教の一大拠点。伝わった密教美術は圧倒的な質と量を誇ります。今回の展覧会では密教美術の濃厚な世界と、それらが生まれた背景を見てほしい」。サントリー美術館の佐々木康之学芸員(日本彫刻史)はこう解説する。

展覧会場でまず目をひくのが国宝「薬師如来坐像(ざぞう)」。台座を含めると高さ3メートルを超す威容を誇る。10世紀初め、醍醐天皇の発願で造営された上醍醐・薬師堂の本尊だ。堂々とした体つきにふくよかな顔、大きな鼻と分厚い唇。「大振りで男性的。平安初期の仏像ではなく、奈良時代と造形の方向性が同じです」と佐々木さんは指摘する。

重要文化財「如意輪観音坐像」平安時代 10世紀 醍醐寺蔵=画像提供 奈良国立博物館(森村 欣司撮影)

重要文化財「如意輪観音坐像」平安時代 10世紀 醍醐寺蔵=画像提供 奈良国立博物館(森村 欣司撮影)

重要文化財「如意輪観音坐像」(10世紀)は頭を傾け、右手の指を頬に添えて思惟(しゆい)する体勢。膝を立てて座り上体を傾けた何とも優美な姿は、日本の如意輪観音像の代表作と呼ばれる。聖宝の弟子で座主となり、密教の重要経典「大日経」の注釈書「大日経疏(しょ)」を研究した観賢(かんげん)の思想が右手の表現などに反映されているという。

■日本風の始まり

唐の影響を強く受けた平安時代前期の仏像、国風文化をまとった平安後期の仏像はそれぞれ人気が高い。それに対し平安中期、10世紀の仏像は従来あまり注目されなかった。だが「近年、再評価が進んでいます」と佐々木さん。「日本の古典に範を求めた像あり、日本の僧による経典の解釈にのっとって造られた像あり。日本独自の文化が生まれつつある様子が造形からうかがえ興味深い」

一例が重要文化財「五大明王像」(10世紀)。観賢が建てた上醍醐・中院の本尊だったとみられる像だ。5体そろう五大明王像では東寺講堂に伝わるものに次いで古く、東寺の像を規範に造られたとみられるが「儀軌(儀式の規定)にのっとって改変されています」と佐々木さんは指摘する。

重要文化財「五大明王像のうち金剛夜叉明王」平安時代 10世紀 醍醐寺蔵

重要文化財「五大明王像のうち金剛夜叉明王」平安時代 10世紀 醍醐寺蔵

異彩を放つのがアンバランスにも見える大胆なポーズだ。佐々木さんは「金剛夜叉明王像をはじめ四明王のアクロバティックともいえる表現は当時、実験的だったはずです」と強調する。重々しく緻密な造形が多い平安前期と、手足が細長く伸びやかな表現の平安後期とをつなぐポジションに位置付けられるという。

密教では現世利益の実現を重んじ、加持祈祷(かじきとう)など修法を実践する。本尊として仏画や仏像は欠かせず、鎮護国家や厄災の調伏、雨乞いなど目的別に様々な仏画・仏像が制作された。複数の顔と腕を持つ「多面多臂(ひ)」、憤怒の形相、青や赤の鮮烈な色彩。魔や怨敵を退散させ煩悩を焼き尽くすために、力強い独特の表現が採られた。

国宝「五大尊像のうち不動明王」鎌倉時代 12~13世紀 醍醐寺蔵=画像提供 奈良国立博物館(佐々木 香輔撮影)★

国宝「五大尊像のうち不動明王」鎌倉時代 12~13世紀 醍醐寺蔵=画像提供 奈良国立博物館(佐々木 香輔撮影)★

■効験高める研究

国宝「五大尊像」は12~13世紀の作。両目を見開き下唇をかむ形相が力強い筆遣いで描かれる。平安時代の画僧、円心の作品を手本にした「円心様」とされる。醍醐寺には円心の真筆や円心様の図像が複数あり、後白河法皇が同寺に行幸した際に進上した記録も残る。

「修法の効験を高めるにはどんな図像を本尊にすればよいか、宗派や流派を超えて情報を集め研究が重ねられました。祈祷を頼むスポンサーから『これでお願いする』との要望もあったはずで、円心様の仏画は人気があって重用されたのかも」。九州国立博物館の森實久美子主任研究員(仏教絵画史)は推察する。

仏像や仏画の形を墨だけで描いた白描図像はこうした研究の成果。仏像や仏画の設計図となった。森實さんは「醍醐寺に伝わる膨大な数の白描図像から、寺の権勢と宗派を超えた広い人脈がうかがえます」と指摘する。

重要文化財「不動明王図像」信海筆 鎌倉時代 弘安5年(1282年) 醍醐寺蔵=画像提供 奈良国立博物館(佐々木 香輔撮影)★

重要文化財「不動明王図像」信海筆 鎌倉時代 弘安5年(1282年) 醍醐寺蔵=画像提供 奈良国立博物館(佐々木 香輔撮影)★

重要文化財「不動明王図像」(信海筆、弘安5年=1282年)は同寺の白描図像を代表する一つだ。墨の濃淡や線の太さを巧みに使い分け、荒海にそそりたつ岩に立つ不動明王を描く。あちこちに修正した跡が残り、試行錯誤した様子が見て取れる。描かれたのは2度目の蒙古襲来の翌年。元軍撃退や和平を祈願したとの説がある。

2016年、中国の上海と西安で、醍醐寺の寺宝を紹介する展覧会が開催された。長瀬さんは寺側の思いを「空海が唐で教わった密教が今も日本で守られていますよ、と中国の人々に伝えたかった」と説明する。心配もあった。「あちらが本家。きちんと評価してもらえるだろうか」。だが全くの杞憂だった。延べ80万人以上が来場し、展覧会は大成功を収めた。今回の特別展は中国展開催を記念して開かれる。

■空海の「メモ」

寺側が特に思いを込めて出展するのが国宝「大日経開題」。密教を修学していた若き空海が「大日経疏」から大事なポイントを抜き書きしたメモと考えられている。さまざまな質や寸法の紙を貼り継いであり、楷書と行書、草書が混在する。「字の間隔も書体もばらばら、気取りが全く見えません。日本の真言密教はここから始まったのです」と長瀬さんは語る。

中世以降、醍醐寺は足利将軍や豊臣秀吉ら時の権力者の帰依を受けた。華麗な文化の中心となった当時のきらびやかな品々も展示会場を彩る。

国宝「大日経開題」(部分)空海筆 平安時代 9世紀 醍醐寺蔵★

国宝「大日経開題」(部分)空海筆 平安時代 9世紀 醍醐寺蔵★

寺宝を保管する収蔵・展示施設「霊宝館」には多くの参詣者に加え国内外の研究者や僧が絶え間なく訪れ、調査や研究に取り組む。千年を超える時を超えて伝えられた品々は、現代の文化を豊かに彩り、祈りを込めて次代へと受け継がれる。

(竹内義治)

「京都・醍醐寺―真言密教の宇宙」開催概要
【東京展】
 会場:サントリー美術館
 会期:9月19日(水)~11月11日(日) 火曜日休館
 主催:総本山醍醐寺、サントリー美術館、日本経済新聞社、テレビ東京、BSジャパン
 協賛:京都銀行、サントリーホールディングス、住友林業、損保ジャパン日本興亜、ダイキン工業、竹中工務店、NISSHA三井不動産
【福岡展】
 会場:九州国立博物館
 会期:2019年1月29日(火)~3月24日(日) 月曜日休館
 主催:総本山醍醐寺、九州国立博物館・福岡県、TVQ九州放送、西日本新聞社、日本経済新聞社、BSジャパン
 共催:九州国立博物館振興財団
 協賛:京都銀行、住友林業、損保ジャパン日本興亜、ダイキン工業、竹中工務店、NISSHA
 特別協力:太宰府天満宮
※各会場とも会期中に展示替えがあります
※★の3点は両会場とも会期の前半あるいは後半のみの展示です
 詳しくは展覧会ホームページ http://daigoji.exhn.jp/
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