バルセロナのパエリア名店 渋谷の新ビルに海外初出店

スペイン北東部の町バルセロナの有名シーフードレストラン「チリンギート エスクリバ」の2号店で海外初の店舗が、2018年9月13日渋谷に誕生した複合施設「渋谷ストリーム」にオープンした。1992年に現地でオープンして以来パエリアの名店として知られる同店のオーナーシェフ、ジョアン・エスクリバ氏に店のこだわりを聞いた。
――もともとはショコラティエ(チョコレート専門の菓子職人)としてキャリアをスタートされたそうですね。
フランス人である私の母方の祖父がパリで、父方もバルセロナで菓子店を営んでいました。ですから、ショコラティエとしてキャリアをスタートするのは自然の流れでした。生まれはバルセロナですが、ショコラティエとしてパリで働いていたので、今年亡くなったポール・ボキューズをはじめ、ミッシェル・トロワグロなどフランスのシェフたちとも交流があります。バルセロナに戻ったときパエリアを看板料理とした店を開こうと思ったのは、沿岸部にあるこの土地の特性から。海とチョコレートというのはどうもマッチしない。気候も暖かで溶けてしまう。それで、地中海料理の店にしようと考えたのです。

当時はちょうど、バルセロナオリンピック(1992年)の開催に合わせ行政が海岸地区を開発しようとしていました。今のようなにぎわいのない単なるビーチだったのですが、地中海に面しバルセロナならではの魅力がある。そこでここに店を開こうと思いました。今では観光で町に来られたお客様も多いですが、最初は地元の方ばかり。そうした方を大切にすることが、店として大事ですね。町の人たちから愛され続けることが、いい口コミにもつながるからです。
――なぜ、パエリアを看板料理としたのですか。
パエリアはとても自由に楽しめる料理だからです。料理の名前でもありますが、そもそもはこれを作る平たい鍋のことを指し、この鍋で作る料理はすべてパエリア。ベースとしてコメを使うほか、フィデウアといってパスタを使った料理もあります。バルセロナならシーフード、内陸部だったら肉や野菜と具材もバラエティーに富む。日本だったら生魚を使ってもいいかもしれないですよね。
今ではスペイン全土に広まっていますが、もともとは、バルセロナの南にあるコメどころ、バレンシア地方で生まれた農家料理で、週末にお母さんが冷蔵庫の残りものを使って作るものでした。かつては何世代もが同じ屋根の下に住んでいましたから、週末の昼になるとテーブルにパエリアを大鍋ごと置き、みんながスプーンで鍋から直接食べた。


バレンシアでは木のスプーンを使って調理するのですが、食べるのもやはり木のスプーン。これで食べると料理の味がダイレクトに伝わってくる。私の家でもそのように食べていて、店を開くとき、一つ鍋をみんなでつつくスタイルを取り入れました。提供の際は、パエリア鍋をどんとテーブルの上に置くのですが、こうしたスタイルでの提供はバルセロナでおそらく初めてだったと思います。ほかの店では、鍋を客席に運んで料理を見せた後、別皿に取り分けていた。レストランで食べる西洋料理は基本的に各人が自分の皿の料理だけを食べるスタイルですが、私はお客様に自分の家に来たみたいに感じてもらいたかったんです。
――提供されるパエリアには、どんなこだわりを持っているのでしょう。
私の店ではパエリアは鍋をじか火にかけ調理します。最初3分強火にして、そこからすぐ弱火に落とす。最後にまた1分火力を強めて水気を飛ばします。全体で17分かかり、パエリア鍋をずらりと並べて調理しています。シンプルな料理に見えますが火加減がとても難しく、だからスペインの人は家でも作るけど、店にも食べに来られるんです。多くの店は、厨房が小さく鍋を並べるスペースがないことや調理時間短縮のために、最初はじか火にかけるもののその後オーブンで調理をしたりする。私は、伝統的な調理法で丁寧に仕上げたパエリアを出したいと思いました。
オーブンを使うと、それに入る小さなサイズの鍋しか使えませんから、コメの層が厚くなり、どうしても水分が多めに仕上がる。コメの食感が変わってしまうんです。パエリアは大きな鍋を使い層を薄くして均等に火を通すことが一番重要で、こうするとコメがくっつかず、1粒1粒がぱらぱらに仕上がる。また、こうした食感に仕上げるためにバレンシア米を使っています。

海鮮のパエリアに合わせたいのは、ドライな白ワイン。農家をやっている友人に相談して、バルセロナのあるカタルーニャ地方原産のブドウ品種ガルナッチャ・ブランカを使ったワインを店のオリジナルとして作ってもらいました。サングリアもいいですね。店では、白、赤に加え、スペインのスパークリングワイン、カバを使ったサングリアを提供しています。また日本では、日本酒をベースとしたものもメニューに加えました。フルーツをふんだんに使うのですが、作り置きをするとどんどん味が劣化するので、オーダーが入ってからフルーツをワインに入れています。
――そのほかに店のコンセプトとして大切にされていることは。
「シェアできる」というのが私の店では重要なコンセプトです。お客様のほぼ100パーセントがパエリアを頼まれますが調理に時間がかかるので、待っている間も楽しんでもらえるよう、パエリアと同様にみんなで一皿をシェアして食べる料理を提供しています。

何人でいらっしゃるかによって変わりますが、例えば4人で店を訪れたら私がまず薦めたいのは、「エアバッグ」。イベリコ豚の生ハムを車のエアバッグのように膨らませた生地に載せた料理です。パリッとした生地と生ハムを合わせた食感の楽しい一品です。
これは、友人である「エル・ブリ」(世界一予約ができないレストランとして知られ、2011年に閉店したスペインの店)のシェフであったフェラン・アドリアに教えてもらった料理。彼はイスタンブールでこの料理のインスピレーションを受けたらしく、「エル・ブリ」では、生地の中に生ハムを仕込んでいたのですが、それを私流にアレンジしました。

あとは魚介類のフライやカタルーニャ地方の伝統的な料理「パタータス・ブラバス」を召し上がっていただきたい。パタータス・ブラバスは、ごろっとしたジャガイモのフライに「凶暴な(ブラバス)」ソースをかけたもの。
やはりカタルーニャ生まれのアイオリソース(ニンニク、卵黄、オリーブオイル、レモン汁などを混ぜたもの)とトマトベースにトウガラシを合わせたピリ辛ソースを添えて出すバルセロナを代表する小皿料理です。魚介類のフライは、特にホタルイカがお薦めですね(日本では現在、提供の予定なし)。バルセロナの人たちは、揚げ物が好きなんですよ。

――ほかにもバルセロナならではの料理はありますか?
先に少し触れたカタルーニャ生まれのパスタを使ったパエリア、フィデウアなどがあります。フィデウアはコメの代わりに短くて細いパスタを使った料理で、具材はコメのパエリアと同じバリエーションで提供しています(東京では4種の具材のバリエーションがある)。表面がかりっとするまで火にかけるのがポイントですね。
デザートも、人気があるのはカタルーニャのお菓子である「クレマカタラーナ」(カスタード菓子の一種)です。しばしばアレンジを加えたものも出しているのですが、今回は日本の店のオープンに合わせ、バルセロナの店で餅入りクレマカタラーナを出そうと思っているんです。餅は向こうで日本の食材としてよく知られていますから。それから、旬のフルーツをトッピングしたとても大きなクレマカタラーナも考案中です。デザートもみんなで一緒につつき合えるようにね。

日本には30年前訪れたことがあり、そのときは洋菓子メーカーのコロンバンに招かれ、チョコレートの作り方のセミナーを開催しました。祖父が創業者の門倉国輝さんと友だちだったんですね。今回の日本出店は大きな縁を感じています。
(フリーライター メレンダ千春)
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