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全米テニス、セリーナが提起した米国の人権問題

大坂なおみ(20、日清食品)の日本勢初の四大大会優勝で、今年の全米オープンテニスは幕を下ろした。その女子シングルス決勝は、史上最多の四大大会24勝目、母親になって初めての優勝を狙っていたセリーナ・ウィリアムズ(米国)が荒れに荒れ、再三の規則違反を犯した試合としてテニス史に残るものとなった。大坂に気の毒という意見で一致する一方、米国内ではセリーナを批判する声ばかりではない。

表彰式でもブーイングが鳴りやまなかった。かろうじてセリーナが大坂をたたえる言葉とともに自制を促し、式を終えると、米国テニス協会(USTA)のカトリーナ・アダムス会長は即座に「セリーナは表彰台で素晴らしいスポーツマンシップを見せてくれた」との声明を出した。

「男子との扱われ方に差」

大会会場の名前になっている四大大会12勝のビリー・ジーン・キング(7月に日本で公開された映画「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」のモデル)さんは「黒人女性がリーダーシップに至るまでの道が、きょうほど閉じられていると思った日はない」とし、「セリーナと男子選手との扱われ方には差がある」と批判した。女子テニス協会(WTA)も、その意見に賛同した。

セリーナを擁護する声に日本人は違和感を感じるかもしれないが、米国ではそうではない。「セリーナの怒りは当然だし、彼女はもっと擁護されて当然よ。だって女性が怒ったらヒステリーといわれるのがこの国だから。ましてそれが黒人女性だったら……。その大変さは想像を絶する」と、ある白人米国人女性に言われた。

その代わりではないが、非難の嵐を受けているのが主審だったカルロス・ラモス氏(ポルトガル)だ。すべての四大大会決勝や、2012年ロンドン五輪の男子決勝の主審も務めたベテラン審判に対し、ラケットをたたき割った場面は仕方ないとしても、「そのほかの違反は罰則を与える前に『これ以上やると……』と注意をすべきだった」というものだ。

事の次第はこうだ。大坂が第1セットを先取した後の第2セット第2ゲーム。セリーナのコーチが観客席で見せた両手でのジェスチャーが、選手へのアドバイスとみなされて「試合中のコーチング」で1度目の警告をとられた。このジェスチャーを見ていなかったらしいセリーナは主審に詰め寄った。ただ、コーチは米ケーブル局ESPNの取材にコーチングを認めたうえで、「誰もがやっている」と答えている。

続いて第5ゲーム、大坂にブレークバックされてセリーナはラケットをたたきつけて壊してしまう。これで自動的に2度目の警告となり、1ポイントが大坂へ渡った。まだまだ怒りが収まらなかったか、第7ゲームの後、「女性が怒るとみんなひどい扱いをする。男性にはしないじゃないの。私からポイントをとりあげるなんて、泥棒」と叫んだセリーナに対し、「暴言」で3度目の警告。第8ゲームはプレーせずに大坂のものになった。もし4度目の警告を受けていたら、その時点でゲームセットになっていた。

セリーナが試合中にいらいらを募らせ、試合結果にまで影響が出たのはこれが初めてではない。特に全米オープンは多く、04年準々決勝では判定に抗議を繰り返した(試合後、明らかな誤審だったとわかり大会側が謝罪。チャレンジシステム=ビデオリプレイ制度の導入につながった)。09年にはマッチポイントで線審にくってかかり、2度目の警告を取られてポイントが相手に渡り、ゲームセットとなっている。

選手に荒れる兆候が見られると、あらかじめ忠告する審判もいる。その行きすぎた例が今回の全米オープン男子シングルスであった。2回戦でやる気のないプレーを続けるニック・キリオス(オーストラリア)に対し、主審がわざわざ審判台から降り、「このままだと印象がよくないよ」と忠告した。キリオスは無気力プレーで違反や罰金を受けた過去がある。結局、この忠告の後、キリオスは劇的によみがえって逆転勝ちした。試合への過度な介入として、非常に問題視されている。

女性の地位向上に戦ってきた影響力

セリーナのコーチが言うように、試合中に観客席から声かけたり視線を送ったりするなどのコーチングと受け取られかねない行為は、よく見受けられる。ほかの選手もコーチング違反と警告を受けている。そもそも声援とコーチングの線引きは難しく、このルール自体を変えるべきだという意見は多い。WTAが主催する大会では1セットに1度、コートにコーチを呼ぶことを認めている。男子テニスでも、コーチングを認める大会を実験的に行っている。ただ現在、観客席からのコーチング行為は男女を問わず認められていない。釈然としなくても、多くの選手はどうにかやり過ごすものだ。今回、あそこまでセリーナがかんしゃくを抑えられなかったのは、大会期間中の記者会見で話したように「母になっても勝利への渇望が全く枯れていない」からであり、それだけ大坂のプレーに追い詰められていたということなのだろう。

セリーナが何を言われようと戦うことで、アフリカ系米国人、特に女性の地位を上げてきたことも事実だ。プロバスケットボールNBAのレブロン・ジェームスと同様、その一言で社会の流れが変わってしまうほど、影響力のあるアフリカ系アスリートの一人だ。米女子テニスの次世代を担うマディソン・キーズ、スローン・スティーブンスはともにアフリカ系。今、ジュニア世代を見ると、男女ともにアフリカ系選手が急増している。米国でテニスは白人だけのスポーツではなくなった。だからこそ、セリーナを擁護する声は少なくないのだろう。

決勝から数日たって、冷静にセリーナのマナーの悪さを指摘する声も増えてきた。「セリーナの行為は悪い。これはスポーツと対戦相手へのリスペクトの問題」と、四大大会18勝のマルチナ・ナブラチロワさんは米紙ニューヨーク・タイムズに寄稿した。しかし、その中で「男女間でダブルスタンダードはある。もしセリーナが男子だったら、違反をとられなかったかもしれない」と指摘することも忘れていなかった。

(原真子)

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