2018年11月18日(日)

「湖国の迎賓館」和洋融合 旧琵琶湖ホテル(もっと関西)
時の回廊

コラム(地域)
関西
2018/9/12 11:30
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インバウンド(訪日外国人)の急増でホテル建設が相次ぐが、実は約85年前にもインバウンドを対象にしたホテルが全国に建てられた。国際観光施策による14の国際観光ホテルだ。琵琶湖湖畔に立つ大津市のびわ湖大津館(旧琵琶湖ホテル本館)はその一つで「湖国の迎賓館」として親しまれた。

昭和天皇をはじめ多くの皇族やヘレン・ケラー、川端康成ら内外の著名人が宿泊した

昭和天皇をはじめ多くの皇族やヘレン・ケラー、川端康成ら内外の著名人が宿泊した

昭和モダン薫る

旧琵琶湖ホテルは1934年(昭和9年)に完成した。鉄筋コンクリート造りで地下1階、地上3階、高さ19メートル。東京の歌舞伎座や明治生命館などで知られる岡田建築事務所が設計を担当した。

外観は両翼に並列する入母屋(いりもや)造りと、玄関の唐破風(からはふ)を組み合わせた桃山様式と呼ばれる意匠を用いている。琵琶湖の風景に調和した「和」の建物だ。

一方、館内に入ると外観からは想像もつかない重厚な洋風に変貌する。玄関ホールから階段につながる床に敷き詰められた赤絨毯(じゅうたん)、ロビーのシャンデリア、アンティークな木製のキーボックス……。当時のモダンな雰囲気が伝わってくる。

2000年に大津市の指定有形文化財に登録され、07年には経済産業省から近代産業遺産群の認定を受けた。大津市文化財保護課の杉江進さんは「国際観光ホテルとして原形をとどめており、昭和を代表するコンクリート建築」と評価する。

桃山様式の和の外観と打って変わり、内装は赤絨毯を使うなど洋風のつくりになっている

桃山様式の和の外観と打って変わり、内装は赤絨毯を使うなど洋風のつくりになっている

一時は解体の危機に見舞われた。老朽化もあり、98年に閉鎖が決定。ホテルの機能は近接地に移転した。だが、多くの市民が歴史ある建物の存続を願い、市が土地と建物を取得。耐震と改修保存を行い、2002年にびわ湖大津館として復活し、結婚式やレストラン、貸会議室など市民の集いの場としての役割を担う。

旧琵琶湖ホテルに2度(1972~77年まで常務、87~96年まで社長)勤めた長谷川和之さん(87)は「滋賀県民にとってあこがれの場所だった」と懐かしむ。

1階の宴会場の天井は格天井(ごうてんじょう)で床は寄せ木張り。長谷川さんは職人の技術の粋に魅了された。ただ「当時はげたで来る人も多く、歩くとコツコツ音がした。草履に履き替えてもらったが、面倒だという声が強く、カーペットを敷いた」と笑う。匠(たくみ)の技はカーペットの下に隠されているが、フロアの端に復元されている。

川端康成ら宿泊

旧琵琶湖ホテルには昭和天皇をはじめ多くの皇族やヘレン・ケラー、ジョン・ウェイン、川端康成ら内外の著名人が宿泊した。ヘレン・ケラーは初来日した37年5月に2泊している。当時の新聞によると、「優しい陽光が心に伝わってくる」と、とても気にいった様子だったという。

ヘレンは宿泊の記念にしだれ桜を植樹したとされる。その桜はホテル機能の移転にあわせて移植したが、枯れてしまった。2015年、3代目の孫桜がびわ湖大津館に植えられた。久保裕副館長は「今年も薄ピンク色の可憐(かれん)な花が咲いた。由緒ある桜。大事にしたい」と話す。

川端康成の長編小説「美しさと哀(かな)しみと」。物語のクライマックスに旧琵琶湖ホテルを連想させる「琵琶湖のホテル」が登場する。新潟の旅の宿で出会った女性をモデルにした「雪国」同様、旧琵琶湖ホテルでも何らかの出会いがあったのだろうか。

内外の著名人に愛された旧琵琶湖ホテル。今も館内に入れば、当時の華やかさが偲(しの)ばれる。昭和の良き時代がそこにある。

文 大津支局長 橋立敬生

写真 大岡敦

 《交通・ガイド》JR大津京駅から徒歩約15分。大津駅からタクシーで約10分。往時の面影を伝える特別展示室が3階にある。スタッフによる館内の施設説明会もあるが事前予約が必要。入館無料。
 敷地内にはイングリッシュガーデンがあり、1~2月を除き季節の花を楽しむことができる。高校生以上320円、小・中学生160円。

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