ホリエモンロケット、再起動の舞台裏
第2部 敗れざる者たち

ネット興亡記 第2部
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2018/12/19 10:00
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21世紀に入りインターネットが我々の生活を変え始めた頃、若い経営者たちが時代の寵児(ちょうじ)ともてはやされた。彼らの多くは出るクイのように打たれ、あるいは自壊して制裁を受けた。時代は一巡し、その上で新しいスタートアップが育とうとしている。かつての若者たちは「土台」で役割を終えたのか。いやそうではない。

■出所直後の打ち上げ試験

2013年3月27日、元ライブドア社長の堀江貴文は2年近くを過ごした長野刑務所を後にした。この日までの10年間に、堀江は絶頂とどん底を味わった。

東京大学在学中に仲間3人とオン・ザ・エッヂを創業したのが1996年。買収した会社であるライブドアに社名変更した2004年ごろから堀江は一躍時の人となり、連日のようにメディアに追われる存在になる。近鉄球団の買収宣言、電撃的に仕掛けたフジテレビの買収、衆院選への出馬、そして2006年1月の逮捕――。

容疑は複雑なM&A(合併・買収)などに伴う不正な会計操作。堀江は無罪を主張し続けたが、約5年に及んだ裁判の末、実刑判決を受けた。

2年近い刑期を終えた堀江は長野刑務所を出た翌日、北海道・十勝平野の南に位置する大樹町に向かった。畑と針葉樹が広がる大地を車で走ると、コンクリートの地面と格納庫が見えてくる。

「おつとめご苦労さまでした」。ヤクザ映画のように迎えられると、堀江は「そういうの、いらねーし」と苦笑いした。服役中にも連絡を取り合っていた仲間との再会だ。翌日には超小型ロケット「ひなまつり」の打ち上げを控えていた。ライブドア時代の2005年に堀江が中心となって立ち上げた「なつのロケット団」を、13年にインターステラテクノロジズ(北海道大樹町)に改め、通算5度目の打ち上げ試験になる。3月3日の予定が大雪で延期になり。堀江の出所に合わせるかのようなタイミングで巡ってきた。

■ソニー買収の野望、その後のシナリオ

堀江は少年時代、実家の本棚に置かれた百科事典で宇宙と出合った。アニメの「機動戦士ガンダム」や「宇宙戦艦ヤマト」のように人類が当たり前に宇宙で暮らす時代は来ないのか――。航空宇宙に興味を持ったが、結局文系学部に進学する。そこでインターネットに接して衝撃を受け、起業家の道を進んだ。

だが、再び「宇宙」への関心が高まる出会いがあった。ライブドアを率いて世間の注目を浴びていた2004年11月。アニメ製作会社の仲介で、SF作家の笹本祐一と漫画家のあさりよしとおらが堀江のもとを訪れた。1人乗りの小型宇宙船を一緒につくらないかと言うのだ。専門家も仲間に引き入れ「ホリエモンロケット」の構想が始まった。

ロシアの企業からエンジンを購入しようとしたが、難航。それなら自分たちでつくればいい、と手探りのロケットエンジン開発が始まった。

この間、ライブドアは近鉄球団やフジテレビの買収に失敗。続いて堀江らはソニーの買収を検討し始めていた。パソコンやテレビ、ゲーム機といった看板事業を売り払い、ソニーの技術力を総動員して現在のスマートフォンのようなマシンを作ろうとしたという。創業時から語っていた「ネットで世界一」を実現するためだ。それがライブドアの総仕上げ。堀江はその後、宇宙事業に軸足を移す青写真を描いていた。

その坂道を上り始めていた時に「ライブドア事件」が起きた。

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