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女性騎手史上最多勝 藤田菜七子の可能性は?

中央競馬唯一の現役女性騎手、藤田菜七子(21、美浦・根本康広厩舎)が8月25日、新潟競馬12レースをセイウンリリシイで逃げ切り勝ちし、女性騎手史上最多勝記録を更新する通算35勝目をあげた。増沢由貴子(40、旧姓牧原、現調教助手)の持っていた従来の記録を14年ぶりに破った。西原玲奈(36、現調教助手)以来、中央で16年ぶりに出発して約2年半。藤田には期待と不安が入り交じった視線が注がれてきた。「この人が成功しなければ、次はないかもしれない」という切迫感とでも言うべきか。今回の記録は不安を払拭し、「中央でも女性騎手が生きていける」という期待を高めた点で意義深い。藤田自身、「女性初の」という常について回った形容詞を脇に置き、良くも悪くも一騎手として評価される地点に到達した形だ。ただ、現在の騎手界の環境を思うと、今後の藤田には従来と異質な「期待と不安」が待っている。

低い勝率の光と影

従来の記録を持っていた増沢元騎手は、今もトップ騎手として活躍する福永祐一や和田竜二に加えて、田村真来、細江純子という2人の女性騎手(ともに引退)とともに1996年にデビューした。藤田と同じく、当初の2年で20勝に到達。だが、3年目から苦しい時期が続き、99年は騎乗ゼロ。2000年に復帰したが勝てず、98年10月から01年6月まで約2年8カ月も勝ち星から遠ざかっていた。結局、中央での最後の勝利は04年6月で、34勝に実質8年余り、772戦を要した。藤田は1036戦目で34勝目に達しており、勝率は増沢の方が34%高いことになる。

両者の年間騎乗数には大差があり、増沢の当初3年が「146→177→144」だったのに対し、藤田は「294→382→395(18年は9月7日現在)」で推移し、今年はまだ3分の1近くを残して騎乗数が前年を上回った。勝率の低さは技術の未熟さと取られても仕方ないが、裏返せば多くの機会を与えられているともいえる。能力不足で、馬群の後ろを回ってくるだけの馬では経験値になりにくいが、一般的には実戦の積み重ねが騎手を育てることは確かだ。

とはいえ、同期デビューの男性騎手5人と比べ、通算騎乗回数1071は少ない。5人中最少の森裕太朗(21、栗東・フリー)は1080回だが、初年度が216回と極端に少なく、昨年は539回を確保した。初年度に45勝で最多勝利新人騎手賞を獲得した木幡巧也(22、美浦・牧光二厩舎)は既に1652回。昨年に47勝と一気に成長した荻野極(20、栗東・フリー)も1588回を数える。こうした騎乗機会の差は、減量特典(デビュー5年以内で通算100勝以下の騎手は一般競走で規定より軽い負担重量で騎乗する)と関係する。藤田は昨年後半から今年にかけて勝利数のペースが上がった一方、現在も2キロ減(31~50勝)で、騎乗数は同期の男性騎手に追いつく傾向だ。

師匠で87年の日本ダービー優勝騎手でもある根本調教師(62)は「自分は現役時代、20年間で2633回乗っただけ。2年半で1000回以上経験していることは大きい」と話し、「数を乗ることで瞬時の動きが的確になってきた」。成長の最大の要因は経験値ということである。

湿ったダートで持ち味

次に、藤田が得意とする競馬場、コース、距離を見てみる。通算37勝(7日現在)の内訳は芝10に対しダートが27。芝の10勝中、昨年までの6勝は1000メートルか1200メートルに限られていたが、今年は2000メートルで2勝、2200メートルでも1勝と中距離でも勝ち始めた。ダートが27勝で圧倒的に多いのは若手騎手に共通の傾向だが、イメージほど逃げや先行が多くない。道中2番手以内の位置取りから押し切ったレースは12で勝利数の半数以下だ。目立つのは、ダートの勝ち星の半数以上の14が良馬場以外(やや重5、重8、不良1)だった点。勢いがつくと惰性で馬が伸びる、湿った馬場の方が得意にみえる。腕っ節の強さで勝負する男性騎手との違いかもしれない。

芝では新潟の直線1000メートルに強く、過去4勝。昨年、女性騎手の年間勝利数記録を更新したのも、新潟の飛翼特別(1000万条件)だった。芝の中距離以上で初めて勝ったのは今年4月の福島(3歳未勝利、2000メートル)で、騎乗したマルーンエンブレムとはその後もコンビを継続。福島での2着1回を挟んで、8月26日には新潟芝2000メートルで2勝目をあげた。同馬は父オルフェーヴル、母が08年の秋華賞優勝馬ブラックエンブレムという血統馬で、26日の体重が382キロと小柄だが、鋭い末脚が身上。舞台は直線が659メートルと日本一長い芝外回りコースで、道中は後方の内柵沿いを進み、直線半ばでタイミングよく馬を外に誘導、末脚を引き出した。藤田は「賢い馬で今までのレースを覚えていて、コーナーを回ると自分から加速しようとする。外回りなので、少しずつ外に出していった」と話した。こういうタイプの馬に乗り続けられれば、大きな経験値になる。

「減量の切れ目」乗り越えるか

改めて、1年目からの藤田の歩みを振り返ると、初年度が6勝で2年目が14勝。今年は17勝(7日現在)と既に前年を上回り、20勝到達も視野に入っている。初年度は5月までに4勝をあげた後、10月の東京開催まで約4カ月半も勝てない時期があった。結局、16年は中山で年末に1勝を加えて6勝。2年目も前半は似たようなペースだったが、夏の新潟開催で4勝を重ね、秋も新潟で2勝。1年目は一つも勝てなかった新潟が年間8勝で最大の稼ぎどころに転じた。今年は騎乗馬の質が上がったこともあって、勝ち星が止まる期間が最長6週とコンスタントに成績をあげている。6月17日には中央と地方交流戦の通算勝利数を31とし、減量特典が3キロから2キロに減る一方、中央のG1競走騎乗の条件を満たした。

中央の37勝に加えて地方交流でも通算4勝しており計41勝。あと10勝すると51勝で減量幅が1キロとなる。師匠の根本調教師も「2キロ減と1キロ減では勝負どころでの伸びが違ってくる。克服するだけの技術が必要」と話す。技術面に加え、騎乗機会の確保に関しても1キロ減となれば厳しさを増す。藤田の同期で16年に45勝をあげた木幡巧も2年目は18勝、今年が15勝と勝利数が落ちている。2年目の途中で51勝に達し、減量幅が縮まった影響が出たと思われる。こうしたパターンで伸び悩む若手騎手は美浦、栗東を問わず多い。減量特典が消えるのは100勝到達時かデビュー5年後で、藤田には先の話だが、順調に勝ち星を伸ばした場合、51勝後の「減量の切れ目」をどう乗り越えるかが重要だ。

藤田騎手への厩舎関係者の評価は高まっている

厩舎関係者の評価は高まっている。9月2日の3歳未勝利戦(新潟・ダート1800メートル)で通算37勝目をあげたロマンスガッサンを管理する鈴木伸尋調教師(58、美浦)は、「本当に上手になった。折り合いを欠いていってしまわないよう、それだけ注意したが、うまく(嫌がる)砂をかぶらせて落ち着かせた」と話した。これで夏の新潟開催6勝目。別の調教師は「勝負事は何でも同じだが、勝てばいい騎乗馬が集まり、良い方向に回っていく。本人も努力している」。根本調教師は「努力を人に見せないタイプ」と評するが、地道な体力強化に取り組んだ結果、姿勢が安定してきた点は周囲も認める。

女性騎手が「日常」になるには…

35勝に到達した後、藤田は「まだ35でしかない。もっと勝っている人はたくさんいる。これで満足せず、次の1勝を目指していきたい」と話した。確かに、男性の騎手なら、35勝目で注目されることはなかった。事あるごとに「女性初」という形容詞がついて回る状況は、本人には不本意だろうが、後続の女性騎手が1人、2人といわず出現し、日常的に勝ち星をあげるようになるまでは周囲の騒がしさは続くのかもしれない。現在、競馬学校騎手課程には2年と1年に1人ずつ女性が在籍している。2人がこのままデビューを迎え、勝ち星を伸ばすようになれば競馬場の風景も変わるのだろう。

海外でも騎手界は女性にとって高い壁だが、スターも現れている。「鉄の女」と呼ばれたジュリー・クローン(55、米国、引退)は三冠の一つ、ベルモントステークスとブリーダーズカップ・ジュベナイルフィリーズを勝つなど通算3704勝をあげ、女性騎手初の競馬の殿堂入りを果たした。近年もゲームオンデュードで12年のドバイ・ワールドカップに参戦したシャンタル・サザーランド(42、カナダ)、08年に英国で女性初の年間100勝を達成したヘイリー・ターナー(35)が出ている。また、フランスでは17年に女性騎手に重賞、準重賞を除いて一律2キロの減量特典を与えた。今年3月からは平地で1.5キロに圧縮されたが、破格の措置である。直線で藤田の騎乗馬が先頭争いに加わるだけで場内に歓声が湧くのをみると、日本でも同様の措置を考慮してもいいのではないかと思う。

(野元賢一)

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