2018年11月20日(火)
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鶴澤寛治さんが死去 文楽三味線弾き、人間国宝

2018/9/5 13:07 (2018/9/5 17:55更新)
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文楽三味線弾きで人間国宝の七代鶴澤寛治(つるざわ・かんじ、本名=白井康夫=しらい・やすお)さんが9月5日午前4時30分、死去した。89歳だった。告別式は7日午前11時から大阪市西区江戸堀1の10の31の玉水記念館。喪主は妻、白井香衣(よしい)さん。

父は六代鶴澤寛治。6歳ごろから地歌を習い、13歳で父から義太夫に使う低音の三味線、太棹(ふとざお)の手ほどきを受ける。1943年4月、父に入門。初名は寛子(かんこ)。同年10月、大阪・四ツ橋文楽座「艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)・酒屋」で初舞台を踏んだ。44年1月、鶴澤寛弘(かんこう)に改名。56年1月には大阪・道頓堀文楽座で八代竹澤団六を襲名した。

94年4月より三味線弾きの最高格である「三味線格」になり、97年に人間国宝に認定された。2001年1月、七代鶴澤寛治を襲名した。

機関車の運転士を夢見ていたが、戦時中の人手不足から文楽の道に。豊満で艶(つや)のある音色を生かし、端正で柔らかく上品な芸風を確立した。時代物、世話物から景事(けいごと)まで幅広い演目をこなした。

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