2018年9月21日(金)

「迷わせない」デザインを
(WAVE)瀧俊雄氏

コラム(ビジネス)
2018/9/3 6:30
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 その朝、私は「注文の多い銀行店」の前に立っていた。部下から早く振り込みを済ますようにと頼まれている。店の入り口に立つと、銀行側は私に本人であるかを確認した。私は自分自身を証明する暗号鍵を持っているのだが、それでは足りないので合言葉も伝え、本人であることが確認された。しかし、そこからが苦難であった。

マネーフォワード取締役兼Fintech研究所長。野村証券で家計行動、年金制度あんどを研究。スタンフォード大学経営大学院、野村ホールディングスの企画部門を経て2012年マネーフォワードの設立に参画。

 「部下に依頼されている振り込みをしたいのですが」「該当するこの取引でよろしいですか?」「はい」「ここに暗証情報を入れてください」「入れました」「この承認ボタンを押すと振り込みが実行されます」「では、押してみます」(ここで謎の力が働く)。

 「あれ、ボタンがめっちゃくちゃ固い……。押せない」「まだですか? そろそろ操作がないと店から出ていただかなければなりません」「あの、ボタンが押せなくて困っているんですよ」「では当社の人工知能サポートにお任せください」「人工知能さん、承認ボタンが押せない理由を教えてください」「ご質問に近いお答えが複数みつかりました」「ぜんぜん近くないよ……。会社の会議が始まっちゃうよ。また来ます」

 以上は夢ではなく、私が先日体験したインターネットバンキングの取引を店舗での物語として書いたものである。

 その朝、私は頼まれた振込をすべく、ネットバンキングの画面で承認ボタンを押そうとしていた。だが、認証状態を満たせていれば押せるはずのボタンが灰色のままで反応しない。

 まさか私のブラウザーのバージョンが古いのか。いや、「クローム」は電子証明書は使えないよな。まだ午前中で聡明な脳を抱えた私はひらめいた。そうだ、時間だ。銀行は午前9時から始まるじゃないか。銀行さん、ヒントをくれてありがとう!

 朝の会議を終え、嬉々(きき)としてサービスに再度ログインすると、ボタンが押せるようになっている。ああ、振込ができてうれしい。ちょっと謎を解いて達成感に浸っていた自分がいた。

 しかし、これではまるでおとぎ話だ。「注文の多い料理店」は、山奥の店に迷い込んだ二人の英国人紳士ではなく、お店で待ち構えている親方が顧客の話である。さすがに「食い物にされる」ところまではいかないが、午前9時まで作業ができないのは店の都合であり、せめてこのような混乱はデザインを通じて解消してほしいと思った。

 オンラインサービスでは、人は表示される色や形状を通じて次に何をすればよいのかを知る。この場合、承認用の画面で本来見せるべきだったのは午前9時にまたお越しください、という文言だ。

 デザインの洗練というと「iPhone」のような極上のユーザー体験を指すことが多いが、そのはるか手前でまず迷わせないことだ。決して簡単ではないが、極めて重要だ。

 この領域での名著にD・A・ノーマンの「誰のためのデザイン?」がある。原著のタイトルは「日用品の心理学」であり、ユーザーを本位に置いたときの行動様式や少ないステップでの誘導、ミスや学習を最小限にすることなどが述べられている。まずはこの本を皆が読むことから始められないだろうか。

[日経産業新聞 2018年8月30日付]

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