2018年11月21日(水)

世紀の危機はなぜ起きたか 「10年前のあの日」再現
5日から「リーマン・ショックダイアリー」開始

リーマン10年
2018/9/4 6:00
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2008年9月の米リーマン・ブラザーズの破綻を引き金とした金融危機から10年。世界を恐慌の瀬戸際まで追い込んだ危機は、どうやって始まり、広がっていったのか。各国のリーダーは未曽有の危機を前に惑い、株式や為替などマーケットは楽観と悲観の間で揺さぶられ続けた。

シリーズ「リーマン・ショックダイアリー This Day In 2008」では、10年前の日々の出来事と日本経済新聞の報道、要人発言を元に、危機の進行を「リアルタイム」で再現する。

◇2008年3月17日付け、日経新聞夕刊の1面

リーマン・ショックは単発の金融機関の経営破綻が招いた危機ではなかった。

火種がまかれたのは2000年代の米国で起きた住宅ブームのころ。IT(情報技術)バブル崩壊後、米連邦準備理事会(FRB)のグリーンスパン議長(当時)が進めた低金利政策が住宅価格の高騰を演出した。米金融機関は「サブプライム」と呼ばれる低所得層への住宅ローンを積み上げ、それを証券化して外部の投資家に売却するという収益モデルで巨額の利益を上げるようになった。

過熱した住宅・証券化バブルの変調は、07年には「サブプライム問題」として金融システムの懸念材料と目されるようになった。

欧米の当局者や金融機関の対策が後手に回るうちに危機は深刻化し、08年3月にはついにサブプライムに傾斜していた米大手証券ベアー・スターンズの実質破綻と救済に発展。世界に連鎖株安が広がり、円相場は12年半ぶりに1ドル=95円台へと突入した。この政府の仲介によるベアー・スターンズ救済劇は「モラルハザードにつながる過剰な介入」との非難をまねき、半年後のリーマン破綻への不介入主義という失策の遠因となった。

ベアー救済は対症療法に過ぎず、その後も米国発の金融システム不安は世界経済の重荷となり続けた。未曽有の経済危機の足音は、静かに、着実に、近づいていた。

 明日の「リーマン・ショックダイアリー This Day In 2008」第1回は、2008年9月5日の「米政府、住宅公社への公的資金注入を検討」を取り上げる。

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